見出し画像

SaaS営業とは? 定着化を提案しなければ、AIに負ける




体験:SaaS商談で「契約がゴール」だと思っていた頃の話


今、あなたは、個人でいくつのサブスクを契約していますか?
AIツール、Netflixなどの動画配信、その他エンタメ系、スマホの中の様々なアプリ、10個以上契約している方も珍しくないはずです。
 
全部使っているかというと、それも怪しく、どこかの時点で「使っていないサブスクは解約しよう」と考えたことがある方も多いのではないでしょうか。
もしくは、似たような他のサービスに乗り換えようか、と。
私は、これは企業にもそのまま当てはまるのではないかと思っています。

私が外資系IT企業を退職した後、複数のSaaSスタートアップ企業の経営者、以前のお客様(SaaS導入企業側)、元同僚、コンサル会社の方々と話す機会が多くありました。

そこで、気づいたことがあります。

お客様が本当に求めているのは、SaaS製品を契約した会社の社員が、実際に使いこなし、その製品が定着し、ROIを出し続けることではないでしょうか。

つまり、SaaS製品の差別化は、機能や金額、プレゼン力、ベンダーの将来性でするものではなく、

” 定着化の提案と実現性 ” 


でするものだ、ということです。

一方で、いまだに売る側(ベンダー)が考えているのは、いかに売るか、どう機能や金額で差別化するか、です。

SaaSスタートアップの経営者自身は、チャーンレート(解約率)を下げることの重要性を十分認識しています。

しかし現場の営業は、いかに売るかに終始しがちで、チャーンレートを下げるのはカスタマーサクセス(CS)の仕事だと考えている。
そんな構造が、多くの会社に共通して見えてきました。

そういう私も、外資IT時代には、いかに売るかが頭の90%を占めていました。
 
そして、あとは、提案内容や契約書には記載されていない商談中の合意事項をCSに引き継ぎ、導入プロジェクトに入ります。

しばらくすると、CSからプロジェクトが遅延している、導入ベンダーを変更したい等の報告が、少なからず上がってきます。

契約直後は、両者ともにモチベーションが高く、同じ稼働という目標に向かってスタートします。
なぜ、このようなことになるのでしょうか。
これは導入ベンダーや顧客の問題だけではありません。

例として、ある企業様の話を書きます。

SaaS製品の採用を推進してくれたのは、DX推進室長でした。
経営課題の解決と、海外展開という目的を達成するために、経営層への根回しはもちろん、既存の仕組みを変えたくない現場部門も、粘り強く説得してくれました。

契約直後は、お互いに戦友のようになり、祝杯を挙げたのを覚えています。

しかしながら、プロジェクト開始後しばらく経つと、当初想定していた機能が使えない、現場の意見を聞くとすべてカスタマイズになり費用がかさむ、どう解決すべきかわからない、という連絡が入りました。

契約時点では、誰の目にも「良い商談」だったはずです。
それでも、現場に落ちた瞬間から、綻びは既に見え始めていました。





気づき 1:SaaSとオンプレは「買い方」からして違う


ある時、私が気づいたのは、これは担当者の意識の問題ではなく、そもそもの「買い方」が違うのだ、ということでした。

オンプレミスのソフトウェアは、導入時にまとめて買わせる仕組みでした。
一般的には、稼働時点で無形固定資産として資産計上し、毎月減価償却していく処理が多く見られます。

買い手にとっては「一度計上した投資」です。
契約が終わった瞬間に、営業としての主要な仕事もほぼ終わっていました。

SaaSは違います。

必要な期間、必要な範囲で利用し続ける仕組みです。
一般的には、継続的に見直される費用として計上され、買い手にとっては「毎月見直せるコスト」であり続けます。
この一点の違いが、営業のゴール設定を根本から変えます。

契約した瞬間は、ゴールではなくスタート地点でしかありません。
オンプレミスの時代は、この「契約を最大化して取る」ことが、評価のほぼすべてでした。

お客様を口説き落とす力、関係を築く力、粘り強く決裁者に食い込む力。
ベテラン営業の経験は、そのままこの力に直結していました。

年次を重ねるほど評価される、わかりやすい世界だったと思います。
私自身、正直そうやって評価されてきた側です。

しかし、SaaSでは、契約した瞬間は評価の終わりではなく、始まりでしかありません。

口説き落とす力がどれだけ強くても、契約後にお客様が使い続けてくれなければ、会社にとっての価値は生まれない。

ベテランが磨いてきた武器そのものが、評価軸のズレによって陳腐化していく、これは、SaaS営業とオンプレ営業の違いを、個人のキャリアの話として、最も切実に突きつけてくる部分だと思っています。



気づき 2:主役はFS、CSは脇役 チャーン(解約)を防げない組織構造


多くの会社で、いまだに「売ること」が主役、「使い続けてもらうこと」が脇役になっています。

The Model でいうフィールドセールス(FS)が数字を持ち、評価もされ、社内で花形として扱われる。

カスタマーサクセス(CS)は、契約が終わった後に「バトンを受け取る」役回りとして位置づけられる。

この構造そのものが、SaaSの会計的な性質と矛盾しています。

毎月費用計上される契約は、買い手がいつでも見直せる契約です。
にもかかわらず、売る側の組織設計は「契約時点で仕事が完結する」ままになっている。

私は、外資系IT企業5社で営業(フィールドセールス)および営業部長として働いてきましたが、正直に言うと、評価制度そのものが「売ったら終わり」を助長する側面がありました。
コミッションは、契約時点でほぼ確定します。

契約後に、お客様がどれだけID数(ライセンス数)を使い続けてくれるかは、評価に直接反映されにくい仕組みでした。

SaaSであっても、オンプレミスであっても、営業個人の意識は、実はあまり変わっていなかったというのが、外から見えにくい実態です。

これは、外資系企業に限った話ではありません。
日系企業でも、構造は同じではないかと思います。

SaaSベンダーとして、「チャーンレート(解約率)を下げよう」という号令はかけても、営業自身の評価とインセンティブが契約獲得に寄っている限り、営業は無意識のうちに「売れば仕事は終わり」という行動を取り続けます。

CSがどれだけ頑張っても、商談時点で握られていない期待値は取り返せません。

実際、「定着化」というテーマでnoteを見渡すと、驚くほど多くの記事が見つかります。

入力項目を減らせ、キーユーザー制度を作れ、現場に伴走しろ、どれも実務的で参考になる内容です。

しかし、そのほとんどに共通する盲点があります。
すべてが「契約した後、どう頑張るか」を語っていて、

「この契約は、そもそも定着するかどうか、契約前に見抜けたのではないか」

という視点が、ほぼ存在しないのです。

定着化は、CS(カスタマーサクセス)チームや、導入部隊の支援の問題として語られがちですが、本当は商談の設計段階で、ある程度は見えていたはずのことです。



気づき 3:AIエージェントの進化が、SaaS営業の商談構造を変える


この構造は、これから先、さらに切実になっていきます。
2026年に入り、AIエージェントの台頭を受けて、SaaS企業の株価が大きく崩れる局面が実際にありました。

投資家が恐れているのは、AIエージェントが人間の代わりに業務を実行するようになれば、ユーザー数に応じて課金するというSaaSの前提そのものが揺らぐ、ということです。

ここで見えてくるのは、これまでSaaSの継続率を支えてきたものの正体です。

多くの会社は、一度業務フローに組み込んでしまえば、顧客は簡単には抜けられない、という受動的な仕組みに継続を委ねてきました。

しかしAIエージェントは、UI(画面)を経由せずにシステムを直接操作できます。

” 抜けにくさ " に頼った継続は、この動きの前で意味を失いつつあります。

だとすれば、これから生き残るのは「抜けられないから残ってもらう」継続ではなく、「本当に成果(ROI)が出ているから、選ばれ続ける」継続です。

カスタマーサクセスの本来の仕事は、チャーンレート(解約率)を下げることではなく、成果(ROI)を出し続けさせることだったはずです。

AIの進化は、この違いを曖昧にしたまま済ませてきた会社を、否応なく炙り出していきます。



実践:SaaS商談の段階で、定着化を設計する具体的な方法


だからこそ、私がこの連載を通じて一貫して伝えたいのは、「定着化を意識しましょう」という精神論ではありません。

売る前(提案時)に、契約後も使われ続ける状態をどう作るかまで、設計し切っておくべきだ、という具体的な実務の話です。

契約後に、CSに丸投げする話ではありません。

外資系5社で、私は、3Why、SPIN、BANT、MEDDICと、会社が変わるたびに違う「型」を叩き込まれてきました。
型は毎回変わりましたが、変わらなかったものが一つあります。

それは、顧客の心理と組織内の力学です。
そして、この連載で繰り返し立ち返るのも、この一点です。

では、商談の中で具体的に何を確認すればいいのか。
私なら、契約前に最低でも、次の三つを確認します。

● 実際に使う現場部門は、商談のどこかで意見を聞かれているか


● 稼働後90日で何が変われば「成功」と呼べるか、双方で言語化できいるか


● 今、契約を推進してくれている人が異動しても、導入は止まらない体制になっているか

この三つが曖昧なまま、契約に進む案件は、受注確度が高く見えても、定着化しないという、リスクを抱えています。

定着化を具体的にどう高めるか、契約してくれた推進者 (チャンピオン)の評価を契約後もどう高めていくか、ROIをどう握るか、一部門の成功をどう横展開していくか

これらを、今後の連載、特に解約率を扱う回で詳しく書いていきたいと思います。




この連載で扱っていくこと


次回以降、案件の見極め、商談プロセスの設計、MEDDICのようなフレーム
ワークへの批判的な視点、そして解約率とカスタマーサクセスとの連携ま
で、10本以上にわたって具体的に掘り下げていきます。

すべての回に共通する軸は、今日書いたこの一点です。
売る前(提案前)に、継続(定着化)を設計する。

FSが主役でCSが脇役、という組織の力学そのものを疑うところから、SaaS営業は始まります。



営業教育を続けているのに成果が上がらない。
トップ営業への依存から抜け出せない。
営業プロセスを整備したのに受注率が改善しない。
そんな営業組織の課題について、30年以上の営業現場経験をもとにご相談をお受けしています。


いいなと思ったら応援しよう!