介護の朝は突然に・・・#15 認知症の母、三回目のデイサービスと消耗する精神【50代】
5時、まずは父の様子を見る
今日も、朝からゴタゴタしている。
5時。まずは父の様子を見る。
尿パックの量は、ひとまずいつも通り。色も、極端に悪くはない。
ただ、昨日「漏れている感じがする」と言っていたのが気にかかる。
今の感じだと、早めに来てもらったほうがいい。
浮遊物は少ない。
けれど、これまでの経験が、どこかで詰まりかけている気配を告げてくる。
朝イチで、訪問介護に電話だな。
この流れだと、洗浄ではなく交換。
そうなると、また訪問医療。
頭の中で、段取りだけが先に進む。
胸の奥が、少し重い。
こんな時でも仕事の話だ。
確定申告を昔の仕事の関係の人のを数人面倒見ている。
しかし父はこの状態。
ある程度は父がやり、その後は私が引き継いで書類を作る。
私は御存知の通り専門家でもない。
とはいえ、CEをやめたあと、なんだかんだで簿記の勉強をし資格は取った。
経理の仕事も多少はしたが、やはり土台はCE。
付け焼き刃に過ぎない。
それでもやるしかない、父もやりたいのだろうし。
私も自分の分もやりつつ、それも仕上げる。
そこへ、母
今日は、三回目のデイサービスの日。
もう行きたくない理由が、次から次へと出てくる。
家族への不満。
「自分を認知症みたいに扱うな」という怒り。
実際、認知症ではある。
だからこそ、言葉は選ぶ。
感情も、できるだけ抑える。
それでも、納得はしない。
ズボンが緩いだの、痩せただの
ズボンが緩いだの、痩せただの、話はいつものところをぐるぐる回る。
もう三年くらい、同じことを言っている。
同じズボンしか履かない。
他にもたくさんあるのに。
持っていっても、全部気に入らない。
こだわりと、わがまま。
正直、かなり強い。
子どもが発達障害なので、他のお子さんたちも見てきた。
だから、思ってしまう。
母も、もともとそういう特性があったのかもしれない。
昔から、こういう性格ではあった。
ただ、その頃は、人の目や社会性のフィルターで抑えられていた。
今は、それが外れて、輪郭だけがはっきり残っている。
決まったものしか、使わない
靴も、タオルも、決まったものしか使わない。
食べ物も、今この瞬間に食べたいものだけ。
酒も、どれだけ話しても、飲みたいだけ飲む。
睡眠薬も、同じ。
並の精神力では、正面からは受け止めきれない。
胸の奥で、小さく疲労が鳴る。
介護は、体力だけの問題じゃない。
精神が、確実に削られていく。
だから、やり方を変えるしかない
だから、やり方を変えるしかない。
こちらの意見は、できるだけ言わない。
言いたいだけ言わせる。
感情は、飲み込む。
その上で、少しずつ、少しずつ、誘導する。
正解なんて、たぶんない。
あるのは、今日を越えることだけだ。
母を怒らせないように。
父の介護も並行して。
自分の精神も保ちながら。
すべてを、同時に回す。
認知症という、フィルターの外れた状態
認知症は、その人の本質を剥き出しにする。
もともとあった性質が、強調されて現れる。
母のこだわり。
母のわがまま。
母の頑固さ。
これらは、昔からあった。
でも、社会性というフィルターで抑えられていた。
認知症は、そのフィルターを外す。
だから、今の母は、昔の母よりも「濃い」。
良くも悪くも、すべてが強調されている。
発達障害と認知症の、不思議な類似
娘が発達障害だから、わかることがある。
こだわりの強さ。
感覚の過敏さ。
柔軟性のなさ。
母にも、同じような特性が見える。
もしかしたら、母も昔から発達障害的な特性があったのかもしれない。
でも、その時代は「個性」として処理された。
「性格」として受け入れられた。
診断もなく、支援もなく、ただ「そういう人」として生きてきた。
そして今、認知症によって、その特性がより強く現れている。
並の精神力では、受け止めきれない
並の精神力では、正面からは受け止めきれない。
毎日、同じ不満を聞く。
毎日、同じ説得をする。
毎日、リセットされる。
認知症介護の最も過酷な点は、ここだ。
積み重ねが効かない。
昨日の説得は、今日には消えている。
昨日納得したはずのことを、今日また最初から説明する。
そして、明日もまた同じことを繰り返す。
終わりが見えない。
ゴールが見えない。
ただ、毎日が続く。

感情を飲み込む、という技術
感情は、飲み込む。
怒っても、仕方がない。
泣いても、変わらない。
母に感情をぶつけたところで、何も解決しない。
むしろ、状況は悪化する。
だから、飲み込む。
一度、深呼吸する。
そして、淡々と対応する。
これが、介護者の技術だ。
でも、この技術を使うたびに、自分の精神が削られていく。
少しずつ、少しずつ、誘導する
正面から説得しても、通じない。
だから、少しずつ、少しずつ、誘導する。
「デイサービスに行く」とは言わない。
「スポーツジムに行く」と言う。
「認知症だから」とは言わない。
「健康のため」と言う。
言葉を選び、タイミングを見計らい、機嫌を伺いながら、誘導する。
これは、説得ではない。
交渉でもない。
ただの、生き延びるための技術だ。
ロスジェネが背負う、介護という重荷
私たちロスジェネ氷河期第一世代は、介護世代だ。
親の介護と、子どもの世話と、自分の生活と。すべてが同時に降りかかる。
経済的にも、時間的にも、精神的にも、余裕がない。
それでも、やるしかない。誰も助けてくれない。
すべてが、自分の肩にかかっている。
そして、その重さに押しつぶされそうになりながら、今日も生きている。

三回目のデイサービスという、小さな勝利
三回目のデイサービス。
ここまで来るのに、どれだけの時間と労力がかかったか。
一年半かけて、在宅リハビリを始めた。
さらに時間をかけて、デイサービスに繋げた。
一回目。
成功。
でも、翌日には忘れている。
二回目。
また成功。
でも、また忘れている。
そして今日、三回目。
これは、小さな勝利だ。
派手な達成感はない。
でも、確実に前進している。
正解なんて、たぶんない
正解なんて、たぶんない。
あるのは、今日を越えることだけだ。
完璧な介護なんて、存在しない。
完璧な対応なんて、存在しない。
ただ、今日を無事に終わらせる。
それだけを目指す。
明日のことは、明日考える。
これが、介護者の生き方だ。
朝からゴタゴタして、それでも
今日も、朝からゴタゴタしている。
父の尿パック。
母のデイサービス。
訪問介護への連絡。
すべてが同時進行で、すべてが綱渡りだ。
でも、乗り越える。
今日も、乗り越える。
ゆるぎなく、まっすぐに。
介護という名の消耗戦を、今日も私は戦っていく。

あとがき 消耗する精神と、それでも続ける理由
1974年1月生まれ、現在52歳。
介護は、精神を確実に削る。
体力の問題じゃない。
気力の問題でもない。
ただ、毎日同じことを繰り返し、毎日リセットされ、毎日ゴールが見えない。
この絶望感が、介護者を蝕む。
それでも、続ける。
なぜなら、それが家族だから。
もしあなたが同じように介護をしているなら、この文章が少しでも支えになれば嬉しい。
もしあなたがまだ介護をしていないなら、いつか来るその日のために、心の準備をしておいてほしい。
介護は、突然やってくる。
そして、容赦なく続く。
でも、人間は強い。
思っている以上に強い。
私も、あなたも、きっと乗り越えられる。
今日も、朝からゴタゴタしながら、それでも生きていく。
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EX-FAX-CE | NOTE執筆家
「ロスジェネ氷河期的視点 ― 情に生き、言葉で立ち上がる」
「ゆるぎなく、まっすぐに」
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