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🍋 「緑色のソーダ水」とインベーダーゲーム 昭和の麻布十番がくれた“ささやかな幸せ” 51歳、昔の記憶を手繰りながら、今の自分と見つめ合った長いエッセイ

◆ソーダ水が「液体の緑」だった幼児時代

幼稚園の前か、もしかするとその前だったかもしれない。
子供の私は、緑色のソーダ水が好きで
親に連れられて行くたびに必ず注文した。

その喫茶店は、昭和の麻布十番にあった「喫茶フジ」。
まだ観光地にはなっておらず、のんびりとした商店街の一角だった。

震えるほど冷たい緑のソーダ、炭酸の泡と甘さ。
子どもの手にちょうどいいガラスのコップ。
あの時の自分には、きっと“液体の緑”が魔法に見えた。


◆ダンディーな店主と、曲がり階段を駆け降りるトミタさん

喫茶フジの店主は、かつて学校の先生だったというダンディーな男性
母によれば、最初は雨宿りがてら乳母車で抱えられて
母と訪れたのが始まりだったらしい。

店員のトミタさんにも、よくしてもらった。
モダンの作りの店内は曲がり階段があり2階もあった
その曲がり階段を抱えて駆け降りてくれる気さくな人だった。
その驚きと楽しさだけは、今でも忘れられない。


◆インベーダーゲームとソーダ水の組み合わせがくれた“原点”

当時大流行だったインベーダーゲームを初体験したのもこの店だった。

ソーダ水を飲みながら、画面を眺めて
ボタンを押すと飛ぶインベーダー。
小さな胸に“ゲームの楽しさ”を焼きつけた瞬間だった。

今振り返れば、私が「ゲーム好き」になった原点がここにあったのだろう。
毎回何度もやっていいわけではなかったし、お金も100円程度。
でも、ソーダ水とインベーダーのセットは私の“ちっぽけな世界”に
強烈な彩りを与えてくれた。


◆麻布十番は今…変わった場所と、残る風景

私が住んでいた当時の麻布十番は、のんびりとした下町風情のある街だった。
商店も古く、どこか温かい雰囲気があった。

しかし今は、ブランドのカフェやインバウンドの人々で賑わう場所へと変貌した。
喫茶フジのような昔の店は数えるほどになり、
その跡地にマンションや新しい飲食店が建っている。

それでも、よく見ると当時から続く店がごくわずかに残っている
その風景を見るたびに、
「あの時代からずっと、この街は変わってきたんだな」と、胸が熱くなる。


◆なぜ覚えているのか? 五十路になって分かる“記憶の温度”

51歳になり、自分を振り返ると、
幼少期の“感情と匂いと色”の記憶が今でも鮮烈に残っている理由が分かる気がする。

  • 緑色が好きだった。子供の頃からのシンボルだった

  • ソーダの泡や炭酸の冷たさは、初めての発見だった

  • インベーダーは、遊びの入口だった

  • 親に連れて行ってもらった安心と、店の人との信頼

  • 町並みは変われども、“あの感覚”だけは今も心に残っている

これが、人格形成の一部にもなっていると感じられる。


◆今も緑色が好きな理由を、自分に聞いてみた

大人になっても、緑色が私の筆頭の好きな色である理由は、やはりあの頃の経験だろう。

  • 心が落ち着く色であること

  • 初めての“ウキウキした緑”がソーダだったこと

  • それと混ざった安心と楽しさが、記憶の奥で色を定義したのだと思う

今でもきゅうりやピーマンを丸かじりしたのも、
無意識に幼児期の“緑の快感”を探していたのかもしれない。


◆終わりに 50代だからこそ思う、“あの時間の尊さ”

昭和の頃の麻布十番、喫茶フジ、ソーダ水とインベーダー。
それは、私にとっての“青春前夜”でもあり、
人生の原風景でもある。

50歳をすぎて思う。
あの時間があったから今の私がいる。
あの優しい店主とトミタさんに出会えたから、
ゲームや緑色を恐れず楽しめる自分になれた。

昭和の匂いがする街並みは消えても、
あのときの心の温度は、誰にも消せない。
だからこそ、今の私も、
自分の記憶を大切に、誰かにやさしくありたいと思う。


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EX-FAX-CE|NOTE執筆家
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