夢は、いまの自分を映す 落下と操縦席と、あの日好きだった君の名前【50代】
爪の跡みたいに引っかかる夢
夢は、だいたい脈絡がない。
場面は飛ぶし、説明もない。
それでも、目が覚めたあと、妙に残る夢がある。
体の奥に、爪の跡みたいに引っかかって、昼になっても取れないやつだ。
私は、そういう夢をいくつか、何度も見てきた。
そして最近は、こう思うようになった。
夢は、未来を予言しない。
でも、今の自分の状態については、驚くほど正直だ。
胸の奥が、少し痛む。
夢1 逃走 追いかけられる不安
追いかけられる夢。
理由もなく、どこかから追いかけられている。
あの、胃の底がひっくり返る感じ。
目が覚めたあとも、しばらく体に残る、あの感覚。
これはたぶん、「不安」の形をした運動だ。
誰かはわからない、ただ身を潜め息を殺し隠れながら移動している。
スパイにでもなったかのようなステルスアクション。
一瞬の気の緩みも許さぬ緊迫の連続。
まるでスパイ映画の主人公のような緊張。
そして突然の落下。
ビルなのか、飛行機なのかはわからない。
こういう夢の時に、私は決まって落ちる。
仕事のこと。
生活のこと。
将来のこと。
何が原因かは、夢は教えてくれない。
ただ、「いま、足元が揺れているぞ」とだけ、体に知らせてくる。
夢2 操縦する夢 手放せない責任
なぜかパイロットになって、難しい着陸を任される夢。
操縦席に座っている理由は不明。
でも、落としたら終わり、という状況だけは、やけに現実的だ。
これはたぶん、「責任」の夢だ。
誰かの生活。
誰かの安心。
あるいは、自分自身の選択。
簡単に手放せないものを、いま握っている時に、私はこの席に座らされる。
うまく降ろせるかどうか、不安でたまらない。
でも、代わりはいない。
そういう局面に立っている時、夢はちゃんと操縦席を用意してくる。
介護も、仕事も、家族の生活も。
すべてが私の操縦席だ。
墜落は許されない。でも、着陸の仕方がわからない。
夢3 再会の夢 あの日好きだった君の名前
中学校の同級生の女の子と再会する夢。
名前も、はっきり覚えている。
当時、たしかに好きだった子だ。
これは、懐かしさというより、少し照れくさい感覚に近い。
過去の誰か、というより、過去の自分に会いに行っている感じがする。
さらに時代が移り、今この現在で彼女と合うところも描写される。
すごく不思議な感覚。
あの頃の不安。あの頃の未完成。
あの頃の、今よりずっと無防備だった気持ち。
夢の中で名前を呼ぶと、少しだけ胸の奥がざわつく。
「お前、ちゃんとやってるか」と、昔の自分に問われている気がする。
用賀で過ごした中学生時代。
FAXのカスタマーエンジニアとして駆け回った日々。
あの頃の自分は、今の自分を想像できただろうか。

夢は、検査結果に近い
夢は、何かを解決してくれない。
答えも出してくれない。
ただ、いまの自分の姿勢や、疲れ方や、無理の溜まり方を、少し誇張して見せてくる。
落ちる夢は、足場の不安。
操縦する夢は、手放せない責任。
再会の夢は、置いてきた自分。
たぶん、夢はメッセージというより、検査結果に近い。
「ここ、ちょっと無理してますよ」
「ここ、見ないふりしてますよ」
そういう赤い丸を、無言でつけてくる。
意味づけしすぎない、という向き合い方
私は最近、夢を「意味づけ」しすぎないようにしている。
ただ、「ああ、今の自分は、こういう状態なんだな」と受け取る。
それだけで、少し呼吸が整う。
夢は正直だ。
こちらが言葉にする前に、体のほうが先にしゃべっている。
それだけの話なのかもしれない。
深読みしない。
解釈しすぎない。
ただ、受け止める。
これが、50代の夢との向き合い方なのだと思う。
ロスジェネが見る夢 不安と責任と喪失と
私たちロスジェネ氷河期第一世代は、どんな夢を見ているのだろう。
おそらく、多くの人が似たような夢を見ている。
落ちる夢。
足場のない不安。
就職氷河期を経験した私たちにとって、足場の不安は日常だった。
操縦する夢。
手放せない責任。
親の介護、子どもの世話、自分の生活。
すべてが同時にのしかかる。
再会の夢。あの日好きだった君の名前。
あの頃、描いていた未来と、今の現実のギャップ。
夢が教えてくれる、身体の声
夢は、身体の声だ。
意識が無視しているものを、無意識が教えてくれる。
「もう、限界に近いぞ」
「このままじゃ、倒れるぞ」
「少し、休んだほうがいい」
夢は、そういう警告を発している。
でも、私たちは無視する。
介護があるから。
仕事があるから。
家族がいるから。
休めない理由は、無限にある。
それでも、夢は諦めずに警告を続ける。
落ちる夢と、介護の不安
落ちる夢を見る頻度が、最近増えた。
これは、おそらく介護の不安だ。
父の余命。
母の認知症。
娘の将来。
すべてが不確定で、すべてが制御不能だ。
足場がない。
先が見えない。
だから、夢の中で私は落ち続ける。

操縦する夢と、終わらない責任
操縦する夢は、最も頻繁に見る。
これは、終わらない責任の象徴だ。
介護も、仕事も、家族の生活も。
すべてが私の肩にかかっている。
墜落は許されない。
でも、着陸の仕方がわからない。
ずっと、空中で彷徨い続けている。
再会の夢と、失われた可能性
再会の夢は、最も切ない。
好きだった君の名前を呼ぶ瞬間、昔の自分が蘇る。
あの頃は、まだ可能性に満ちていた。
未来は開かれていた。
でも今は、選択肢がない。
道は一本しかないように思いがち。
失われた可能性を、夢の中で拾い集めている。
あの日好きだった君は、今どこで何をしているのだろう。
そして、あの日の自分は、今の自分を見て何を思うのだろう。
夢は、体のほうが先にしゃべっている
夢は正直だ。
こちらが言葉にする前に、体のほうが先にしゃべっている。
落ちる夢が教える不安。
操縦する夢が教える重圧。
再会の夢が教える喪失。
すべてが、今の自分の状態を映している。
夢を無視しない。
でも、意味づけしすぎない。
ただ、「ああ、今の自分は、こういう状態なんだな」と受け取る。
それだけで、少し呼吸が整う。
ゆるぎなく、まっすぐに。
夢と向き合いながら、今日も私は生きていく。
あとがき 夢日記という記録
1974年1月生まれ、現在52歳。
最近、夢をよく覚えている。
若い頃は、夢なんて気にしなかった。
でも50代になって、夢が教えてくれることが増えた気がする。
身体の声。無意識の警告。
置いてきた自分との対話。
夢は、もう一人の自分からの手紙だ。
もしあなたが同世代なら、自分の夢を振り返ってみてほしい。
きっと、何か見えてくる。
もしあなたがまだ若いなら、夢を記録してみてほしい。
後から読み返すと、当時の自分が見えてくる。
夢は、検査結果だ。
定期的に確認することで、自分の状態を知ることができる。
今日も私は、夢からのメッセージを受け取りながら、現実を生きていく。
あの日好きだった君の名前を、夢の中でまた呼ぶ日まで。

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