二度あることは三度?悪口メールと宇宙の課題②
前回のお話
二度にわたって、まったく違う友達2人から、私の悪口を書き連ねたメールを相手の誤送信により受け取ってしまった私。
一度目は腹立たしさと悲しさで縁を切ったものの、自分の中に残った罪悪感やもやもやと共存するはめに。そして3年後、別の友達を相手に同じことをが起こる…
二度目はなぜか自分でもびっくりの驚異の心の広さを発揮し、結果的に相手から慕われることに。
この経験が、宇宙の法則として私に教えてくれたこととは?
自分が創ったものしか体験しない
二度目の悪口メールの数年後に引き寄せとかに出会ってですね、そこから時間をかけて宇宙の法則とかに還っていくことになるんですけど、知れば知るほど、この時の悪口メールの経験は、宇宙的に見て納得のいくものだったなーってつくづく思うんですね。
わたしたちの魂は何か学びたいことがあって地球に来ているわけだから、それをクリアするまで、同じ問題にぶち当たり続けるんですよ。相手を変えて、場所を変えて、様々なバリエーションで何度も何度も来るわけです。
もっと言うと、それを設定したのもまた自分なんですよね。わたしたちは忘れてるけど。
だから、問題そのものをどうこうしようとするのは違うんですよ。わたしたちにできるのは、その出来事に対する捉え方を変えることだから。
捉え方を変えると意識が変わるし、
意識が変わると行動が変わりますよね。
私のエゴと、わたしの課題
私の例に話に戻すと、
私は最初の時、相手の子に対して、なんでこんなことをするんだろうって思ったんですよ。
いっぱい話を聞いてあげてたのにひどい、とか、
突き放した私は悪くない!ってね。
自分の中は罪悪感でいっぱいだったんだけど、相手を責めて、自分を一生懸命正当化して。
でも、会わなくなってから、私は自分の中でその子との対話をずっとしてた気がするんですよ。それこそ会っていた時よりも深いところで。
自分の中の、「聞いてあげてた」とか「私は悪くない!」っていうのをね、一旦横に置いてみると、
大変だっただろうなーとか、苦しかっただろうなって、何度も思ったんですよね。それが、わたしの中にその子への理解とか共感を生んだというか、その、ちょっと広い視点ですよね。相手のことを慮れるような余白が、次に同じことが起こった時に、私を違う行動へと導いたんだと思います。
この二つの出来事から長い時間がすぎたけど、あれから二度とこういうことは起こっていないです。なのでたぶん合格だったんだと思います。(いまのところ)
二度あることは三度なかったし、もし三度目があったら、それはそれでちょっと楽しみですね。相手の問題ではなくて、わたしの課題でしかないって、今は知ってるから。しかも、クリアしたら盛大に感謝されたりするんですよ。極端な話、悪口言われたって、もう私にはいいことしか起こらない、って思ってます。
読んでくれてありがとう😊
何か共鳴してもらえたら嬉しいです。
じゃあね。バイバイ👋
いいなと思ったら応援しよう!
応援ありがとうございます✨
とっても嬉しいです😆