【歌で覚えた】スクランブル交差点ーー荒木由美子『渚でクロス』
車両に対するすべての信号を停止信号にして、歩行者が交差点内をどの方向にも進めるようにした交差点。
辞書は「スクランブル交差点」をこう説明する。
けれど私がこの言葉を初めて知ったとき、その意味はもちろん分からなかった。
荒木由美子の『渚でクロス』である。
この曲は1970年代後半にヒットした。私もよく聴いたお気に入りの一曲だ。
荒木由美子は、いわゆる「かわいこちゃんアイドル」とは少し違っていた。もちろんかわいらしいのだが、どこか大人びた雰囲気があった。その空気感がこの曲によく似合っていたと思う。
さて、今回の主役は曲そのものではない。
「スクランブル交差点」という言葉である。
今では誰もが知っている言葉だろう。渋谷のスクランブル交差点は世界的にも有名になった。
だが当時の私には、まったく未知の言葉であり、どこか都会の匂いのする言葉だった。
調べてみると、日本最初のスクランブル交差点は熊本市にあり、その発想の源流はニューヨークにあったのだという。
一つの歌詞の中の言葉を追いかけていたら、東京を通り越して熊本へ、さらにニューヨークへとたどり着いた。
東京の象徴のように思っていたものが、実は熊本から始まっていたというのも面白い話だ。
もっとも、そんなことは当時の私には関係なかった。私にとっては「スクランブル交差点」は実際の交差点ではなく、歌の中にある言葉だったからだ。
そして今回、何十年ぶりかで歌詞を読み返して、もう一つ気づいたことがある。
この曲は「クロス」という言葉でできている。
スクランブル交差点。
目と目がクロス。
会話がクロス。
そして口唇(くちびる)クロス。
偶然出会った二人の距離が、歌の進行とともに少しずつ近づいていく。
当時の私はそんなことにはまったく気づいていなかった。ただ、なんだかおしゃれで、かっこいい歌だと思っていた。
後になって知ったのだが、『渚でクロス』は阿木燿子・宇崎竜童夫妻の作品である。なるほどと思った。道理でかっこいいわけだ。阿木燿子は「クロス」という一つのモチーフをさりげなく全体に散りばめている。
さらに調べてみると、今は湯原昌幸夫人でもある荒木由美子が、当時と変わらぬ美しさで活躍していることも知った。
あの頃おしゃれだと思っていた人が、今も素敵なままでいる。
なんだかうれしくなった。
「スクランブル交差点」という言葉を歌で覚えたあの頃から、ずいぶん時間が経った。
けれど歌はときどき、忘れていた記憶を連れて戻ってくる。
そして時には、あの頃には気づかなかった景色まで見せてくれるのだ。
※このエッセイの英語版をMediumで公開しています。海外の読者向けに、一部内容を補足・再構成しています。こちら。
【歌で覚えた】シリーズの次はこちら。
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