リュック・ボルタンスキー『批判について』
はじめの告知から一年ぐらい遅れて邦訳が出た。15年前の本で原書と英訳は数年前に入手していたのだがとりくむ機会がなく放置していた。『正当化の理論』は十数年前に借りた本を五年前に再び借りたら前回自分が入れた栞がそのまま挟まっていて誰も読んだものがいないのだと思わせた。『資本主義の新たな精神』も『胎児の条件』も借りて読むには読んだ。『批判について』はこれらの邦訳された著作にも言及が有るのだが、一見ではこれらを読んでいなければならない感じはしない。はじめは社会学の必然性についての自己言及的な客観化の客観化が進んでいくような印象で、最後の方で社会学の必要性が規定されるように思われるが、要約できるような気がしない。空間的にはこのような議論が維持される学者世界の隔たり、時間的には邦訳されるまで15年間の隔たりが、ここに書かれていることをどう着地させるかの距離をあらわしているように思える。
chatgptによる改善文:どこからかとってきたのか上に書かれてないことまで付け足されている。自分としては現在の日本の社会現象にそのまま当てはまるような気がするのだが、どこがそうなのかよくいいあらわせない。『能力としての愛と公正』『エンリッチメント』も洋書はもっているのだが後者でも8年前の本である。邦訳は出るのだろうか。それまで自分は関心を保持しているだろうか。
改善後の文章
改稿例
リュック・ボルタンスキーの著作『批判について』は、原著刊行から15年を経てようやく邦訳が出版された。本書は、社会学における批判の役割とその正当性を再検討する試みとして注目に値する。
『批判について』は、著者の過去の主要著作である『正当化の理論』および『資本主義の新たな精神』と密接に関連している。しかし、これらの先行研究を読了していなくても理解できるように構成されている点が特徴的である。序盤では、社会学そのものの客観性に対する自己批判的検討が展開され、中盤から後半にかけては、批判の実践的意義についての具体的な考察へと進んでいく。
本書の核心は、批判という行為がいかにして制度化され、同時に社会構造に挑戦しうるのかという二重の機能を果たす点にある。しかし、邦訳に至るまでの15年という時間的隔たりや、欧州と日本の学術環境の違いは、読者にとって理解のハードルとなる可能性も否定できない。この時間的・空間的隔たりは、理論的枠組みの適用可能性や現代社会への示唆を問う上で重要な論点となるだろう。
最終的に、本書は現代社会における批判の機能を再考し、批判の可能性を拡張する契機を提供している。本書が示す視点は、単なる理論的探求にとどまらず、社会変革に対する実践的示唆を含んでおり、読者に対して批判的思考の意義を問い直す機会を与えるものである。
