人生は折れ線グラフみたいなもんだった
「わたしの人生ってなんだろう」
これもう哲学だよね。
人間1回くらいは考えたことあるはず。
平凡な人生だなとか。
だれにも威張れない人生だなとか。
紆余曲折はあったけど、大したことないと思って、ちゃんと振り返ったことがなかった。
いいことなかったし、人に言えるほど立派でもないし。
過去から逃げていたのかも。
こんなん、やだなって、かっこわるいなってどっかで思っていた。
いい加減、自分の過去を許せるひとになりたい。いい歳だし。
そう思っていた矢先、出口やえのさんがはじめた「折れ線グラフストーリー」のモニターを受けさせていただいた。
Zoomでお話しをしながら、自分の過去を紐解いていくものだ。
あとでやえのさんがまとめて折れ線グラフにしてくれるので、わたしはしゃべるだけ。
楽勝じゃん。
とはいえ、Zoomをつなぐ直前まで、やえのさんにお話しできるほどの分量なんてないと思っていた。
すぐ終わったらどうしよう。
つまんないと思われたらどうしよう。
グラフにするほどの密度と深みなんか、わたしの人生にないかも。
めっちゃ緊張してZoomをつないだ。
でも、やえのさんは穏やかで包みこんでくれるタイプの聞き手さんで、第一声からやさしく迎え入れてくださった。
おかげで陰キャコミュ障も、緊張することなく話し始めることができたのだ。
(実はモニターに名乗り出たけど、やえのさんとはほぼ初対面だった)
生まれのこと。
育ちのこと。
家族のこと。
やえのさんは聞き上手だ。
しかもさり気なく深堀りしてくださるので、雑談の感じで自分のことを振り返っていく。
自分で意識していない自分の過去を、知らず知らずのうちに深堀ってしゃべっていることに気づいた。
あ、わたし、そんなこと思ってたんだ。
いいことも悪いことも、やえのさんはジャッジをしないでただ受け止めてくださる。
だからこそ自分の過去の嫌なところをじっと見つめてぽつりぽつりと話せるのだ。
わたしの選択にも生き方にもたくさん後悔がある。
しんどくない時期なんてひとつもなかった。
生きていることにいつも疑問と罪悪感さえあって、それは大人になっても消えないどころか強くなる。
生きててごめんなさい。
生きる価値もないわたしが生きるくらいなら、誰かに寿命を渡したほうが良かった。
言葉にならない声が、わたしをずっと苦しめていた。
キラキラした未来なんて、どこにもないし。
ずっと底辺で泥水を啜って生きていくんだろうと思っていた。
ジメジメして、薄ら寒くて、陽の当たらない場所。
そこがずっとわたしのいるべき場所だと思っていた。
思い出すだけで、しんどい。
しんどいけど、
小さな過去。
大したことない思い出。
苦しかったこと。
挫折した経験。
そのひとつひとつが、わたしをかたちづくったかけがえのない欠片だと、やえのさんの相づちで気づけた。
否定しない。
ジャッジもしない。
でも真剣に聞いてくれる。
わたしの過去をこんなにさらけ出して、しかも許容された経験って、なかったな。
受けとめてもらえるってうれしいんだ。
否定されないって、もっと自分のこと知って欲しくなるんだ。
やえのさんは無理な共感はしない。
だから嘘じゃないと思って安心できる。
話せば話すほど、わたしの人生はハードモードだった。
わたしが悪くてこうなったのかもと思ったこともたくさんあったが、客観的に見たら、ただの不幸の連続。
そして、1時間以上お話して、すぐにやえのさんが作ってくださったのがこちら!

アップダウン激しすぎて笑うwwwww
じつは散々しゃべったけど、グラフにあえて載っていないこともいくつかある。
母との確執。
5回以上のストーカー被害。
講座詐欺被害。
載せるとキリがない不幸体質。
ここまでマイナス方向に伸びていると笑える。
もう笑うしかない。
でもね。
やえのさんはわたしに聞いた。
「ほんとうに不幸だけだった?」
わたしに足りないのって、自分の幸せをゆるして受け入れることかもって、この問いで気付いた。
「このときって楽しかったんじゃない?」
「このときってうれしかったんじゃない?」
事実のなかのわたしの感情をきちんと見てくれるから、わたしも意地を取っ払って、向き合える。
「あ、なんだ。ハードな人生だったけど、思ったより不幸じゃなかったかも」
折れ線グラフとして可視化されたわたしの人生はきちんと上がっているところもある。
そうひどいものではなかったのかもしれないと思えるのだから、やえのさんマジックはすごい。
誇張も過大解釈もしない。
ただわたしの人生が、やえのさんの手によって、整理されただけだ。
でもこれ、ひとりじゃできなかったな。
主観だけじゃ、できなかった。
実はこのグラフ、作ってもらったのは7月だ。
でも、冷静に振り返ることがわたしにはできなくて、今になってしまった。
自分の人生に向き合うことと、他人にそれを公開することは、違う困難があると思う。
わたしにとっては、そうだった。
自分の人生を許して、ひとに見てもらう覚悟を決める。
簡単なようで難しい。
もちろん、やえのさんはわたしが出したくないことは隠してくださったけど、誇れることが少ない人生をさらけ出すのは今でも少し怖い。
キラキラしていたらよかったとは思わない。
そんな人生、きっとどこにもない。
わたしの人生は山と谷が深くても、思い通りにならなくて苦しんでも、ひととの出会いがたくさんあった。
捨ててしまった縁も多いけれど、拾ってもらえた縁の連続でわたしはここにいる。
まだ多分折り返しだけど。
いい人生だった。
たくさんやさしさを分けてもらった人生だった。
悔いはもうないよ。
全てに感謝して、わたしはわたしのまま生きていく。
やえのさんありがとうございました!
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