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『戦艦は露払い役?』——主客転倒の軍事史と島国日本の選択 宇宙戦艦ヤマト問題(後編)

 前編では、現代の電気化された軍艦において、攻撃・電子戦・推進力が同じ資源(電力)を奪い合う問題を論じた。後編では、その中で、大型軍艦が求められる理由、その役割の変化、日本の選択について考察を深めていきたい。

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矛と盾が入れ替わるとき

 前編で確認した「波動砲問題」——電力を兵器に注げば足が止まる——は、エネルギー配分という新しい戦術判断を艦長に課した。だがこの問題を前提にすると、もう一段深い問いが浮かびあがる。艦隊全体の役割分担は、どう変わるのか。

 まずは、簡単に戦史を遡ってみよう。

 陸戦では、18世紀までの密集隊形(マスケット銃兵のライン戦術、槍兵のファランクス)が、19世紀後半から20世紀初頭にかけて散兵化・個兵化へと転換した。ライフル銃の精度向上と速射性が、密集することの死亡率を耐えがたいものにしたためだ。一点に集中すれば一点を狙われる。ならば散れ——という論理である。

 海戦でも同じ構造の転換が起きた。20世紀前半までの大艦巨砲主義は、巨大な主砲を積んだ大型艦が艦隊決戦で敵を撃滅するという集中決戦の思想だった。それが太平洋戦争以降、航空機と誘導ミサイルの時代に入ると、水上戦力の主力は垂直発射装置(VLS)にミサイルを詰め込んだ駆逐艦群へと分散していった。攻撃力の優位や電子装備の増加による脆弱性、価格の高騰等により、個艦に集中投資することは危うい選択肢となった。

 2つの転換に共通する論理がある。「個の強化より分散。標的を絞らせない」——これが近代兵器体系の基本文法である。

ドローンが生み出した逆説

 ところが2020年代に入り、この基本文法が部分的に書き換えられようとしている。きっかけはドローンと巡航ミサイルの飽和攻撃だ。

 前編で触れたように、数十万円から数百万円のドローンを大量に同時投入する飽和攻撃は、一発数億円の迎撃ミサイルでは経済的に対処できない。100機のドローンを100発のミサイルで撃ち落とし続ければ、先に資金が尽きるのは守る側だ。

 この非対称性を破るのが電力兵器——レーザーとレールガン——の役割だった。照射コスト数百円のレーザーで無人機を焼き、マッハ7近い初速のレールガンで極超音速ミサイルを補完迎撃する。問題は、そのためには大きな発電機が要る、という点だ。

 ここで逆説が生まれる。「分散攻撃の極致」であるドローン飽和攻撃が、「集中型の大発電拠点」を必要とさせる。安価な飽和攻撃への対抗として電力兵器が必要になり、電力兵器は大型の発電基盤なしには機能せず、大型の発電基盤は大きな艦体でしか実現できない。論理の連鎖が、大艦回帰を指し示しているのだ。

 かつて「大艦は標的になるから分散せよ」と言われた。それは正しかった。しかし今、「さらに分散した飽和攻撃に耐えるために、大型の防御拠点が要る」という逆方向の力が働き始めている。※1

主客転倒——戦艦が盾になる日

 この逆説が行き着く先は、軍事史的に見て鮮やかな逆転である。

 かつての役割分担はこうだった。戦艦は矛——主砲で敵艦を撃滅する決戦の主役。駆逐艦は盾——水雷艇から戦艦を守る護衛役として生まれた艦種だ。「駆逐艦(Destroyer)」という名そのものが、「水雷艇駆逐艦(Torpedo Boat Destroyer)」の略であることは見落とされがちだが、その語源は「盾としての役割」を如実に語っている。※2

 次世代の構図は、この矛と盾が入れ替わる。

 大型の「大艦巨電力艦」が盾になる。電力兵器でドローンとミサイルの飽和攻撃を迎撃し続ける防御インフラとしての大型艦は、前進して決戦を挑む必要がない。足が止まっても「死なない」構造——高い生存性と継戦能力——が求められる。攻撃の主役ではなく、防御の基盤である。

 駆逐艦と無人艦が矛になる。大型艦の「傘」の下で分散配置されたこれらの艦が、VLSミサイルによる攻撃を担う。機動力を活かして散り、目標を捉えて撃つ——これが次世代における攻撃側の主役だ。

 そしてこの役割逆転は、前編で提示した『波動砲問題』への1つの戦術的回答でもある。攻撃的な大型レールガンや大出力レーザーまで同一艦に搭載しようとするから、電力の奪い合いは深刻になる。大型艦を防御特化のプラットフォームと割り切り、攻撃はミサイル艦に委ねる——この役割分担が、電力競合の深刻化をそもそも回避する。

日本の選択——わりきりの帰結

 この役割逆転の論理が、現実の艦隊編成としてもっとも整合的に具現化されつつあるのが日本だ、と言えば意外に聞こえるだろうか。

 原子力動力を持てない日本は、米国のトランプ級構想のように「エネルギーの壁をねじ伏せる」という選択肢を最初から持たない(前編参照)。その制約が逆に、思想を純化させた。「何のための艦か」を問い続け、攻撃的万能性を捨てることで、防御と継戦に特化した設計の蓄積が進んだ。

 レールガンはその典型だ。前編で触れたように、日本のレールガンは口径40ミリという小型・中出力の設計で、高出力・長射程の万能砲を目指さない。対・極超音速ミサイルへの防御補完という用途に絞った結果、砲身耐久性の問題を先にクリアし、米国が棚上げした段階で洋上射撃試験の成果を手にした。用途純化が、先行成果をもたらした側面も考えられる。

  その思想の延長線上に、2026年3月の海上自衛隊再編があるのではないか。※3 この再編における注目点の一つは、日常の警戒監視や海峡防備を「哨戒防備群」へと切り離した点にある。これによって新編された「水上艦隊(3個水上戦群)」は、より高強度の脅威への対応に絞り込まれた。
 この水上戦群の内部構造を見ると、前述した「盾と矛」の論理が艦種レベルで具体化されているように読める。DDG(ミサイル護衛艦)がイージスシステムによる広域防空と弾道ミサイル防衛を担い、DD(汎用護衛艦)が近接防空を補完しつつVLSによるスタンドオフ攻撃を担う。DDH(ヘリコプター搭載護衛艦)が航空戦力と司令部機能で全体を統括する。防空の重心を担う艦と攻撃を担う艦が、1つの戦群の中でモザイク状に組み合わさっている。
 この構造に、将来IPESを備えた次期護衛艦(13DDX)が電力兵器をもって加わるとき、飽和攻撃への対処は電力兵器が担い、DDGとDDは従来型の防空と攻撃に専念できる——という役割分担がより鮮明になるのではないか。「波動砲問題」への回答を、個艦の設計ではなく艦隊全体の構造で出そうとしている、そう読むことも可能だ。

 現在建造中のASEV(イージス・システム搭載艦)も、この文脈で位置づけ直せる。SM-3 Block IIAによる弾道ミサイル迎撃とSM-6による極超音速滑空体対処・対艦能力を持つこの艦は、IPES(統合電力・エネルギーシステム)こそ搭載しないが(※4)、高生存性の防御プラットフォームとしての役割を体現している。次期護衛艦(13DDX)がIPESを積んで完成したとき、この「盾の哲学」はより完成した形をとるだろう。

フリート・イン・ビーイング——「戦わせないための艦隊」

 最後に、この役割逆転が島国・日本にとって持つ戦略的意味を考えてみたい。

 日本は専守防衛を基本原則とし、先制攻撃には政治的に大きな制約がある。2022年の安全保障3文書改定でスタンドオフミサイルの取得が認められたものの、「攻撃を受けた場合の対応」という枠組みは変わっていない。※5 つまり日本は、「自ら積極的に殴りに行く艦隊」を正面から志向することが難しい。

 この政治的制約と、「大型艦=防御インフラ」という技術的論理は、実はよく整合する。

 17世紀の英海軍に由来する「フリート・イン・ビーイング(現存艦隊主義)」という概念がある。※6 弱者が決戦を避けつつ艦隊を存在させ続けることで、敵の行動を心理的に抑制する戦略だ。艦隊は戦わなくとも、「そこにいる」だけで機能する。撃滅するのに極めて高いコストを要する艦隊が存在するだけで、侵攻の計算が狂う。

 これを現代日本に適用するとどうなるか。決戦を志向せず、消滅させるのに膨大なコストを要する高生存性の艦隊を存在させ続ける。島国である日本に侵攻しようとするのに際して、この艦隊を無力化するために大量のミサイルやドローンを消耗するか、そもそも侵攻を断念するかの二択を迫られる。「戦うための艦隊」ではなく、「戦わせないための艦隊」だ。

 SM-3とSM-6による多層防空能力を持つASEVが高い生存性を持って生き残る見通しがある——そのことだけで、侵攻の費用対効果は劇的に悪化する。これは日本の公式ドクトリンではない。しかし専守防衛・原子力艦不保有・先制攻撃困難という現実的制約を前提にしたとき、論理的帰結として浮かびあがる戦略的姿勢ではないか。

 かつての大艦巨砲主義は敵の戦艦と決戦して打ち破るという攻勢的決戦思想の産物だった。しかしドローン・ミサイル時代の大艦は、決戦を回避しながら侵攻コストを極限まで高める防御的プラットフォームに変貌しつつあるのではないか。「大艦化=攻撃的」という批判があるとすれば、それは過去の文脈を現在に貼り付けた誤読だ。専守防衛を本気で実現するためにこそ、大艦が要る——この逆説は、誇張ではなく論理的必然として読んでほしい。

 宇宙戦艦ヤマトは、敵の殲滅ではなく、生存して目的地に到達することが目的であった。真田さんは、その制約の中で改良を重ね続けた。日本の艦隊もまた、与えられた制約の中で「戦わせないための艦隊」という逆説的な答えに近づきつつあるのかもしれない。※7

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巻末注

※1 分散型海上作戦(DMO:Distributed Maritime Operations)は米海軍が2010年代後半から推進してきたドクトリン。艦隊を分散させて生存性を高め、各艦が自律的に戦う構想。ドローン飽和攻撃の台頭はこのドクトリンの前提を部分的に揺さぶっており、大型防御拠点の必要性との緊張関係は今後の論点となりうる。

※2 「駆逐艦(Destroyer)」の語源は19世紀末の「水雷艇駆逐艦(Torpedo Boat Destroyer)」。魚雷を持つ小型高速艇(水雷艇)から主力艦を守る護衛役として生まれた。かつて盾だった駆逐艦が矛になり、かつて矛だった戦艦が盾になるという逆転は、この語源を知ると一層皮肉に映る。

※3 海上自衛隊の2026年3月再編については、防衛省の公式発表による。護衛艦隊廃止・水上艦隊新編・哨戒防備群新設の三点が骨子。人員不足と中国・中東情勢での任務急増への対応が背景にある。再編が役割逆転のドクトリンを明示したものとは断定できないが、その方向への組織的傾きは読み取れる。

※4 ASEV(Aegis System Equipped Vessel)。1番艦(CG-191)は2025年7月18日に三菱重工業長崎造船所で起工。2番艦は2026年2月5日にジャパンマリンユナイテッド横浜磯子工場で起工。就役はそれぞれ2027年度末・2028年度末の予定。推進方式はCOGLAG(ガスタービン+電動機複合)。SM-3 Block IIA(弾道ミサイル迎撃)とSM-6(極超音速滑空体対処・対艦)による多層防空能力を持つ。

※5 日本の専守防衛原則と反撃能力については、2022年12月の安全保障関連3文書改定により、敵基地攻撃能力に相当するスタンドオフミサイル(トマホーク等)の取得が認められた。ただし「攻撃を受けた場合の対応」に限定されており、先制・予防攻撃は依然として政治的に大きな制約がある。

※6 フリート・イン・ビーイング(Fleet in Being)の概念は、1690年のビーチー・ヘッド海戦後に英海軍提督トーリントンが提唱したとされる。決戦を避けて艦隊を温存することで、敵が自由に海を使えない状態を作り出す「消極的抑止」の戦略。本稿では日本の公式ドクトリンとしてではなく、現実的制約から導かれる戦略的帰結の記述概念として用いている。

※7 本稿で描いた「役割逆転」は、現時点での技術的・戦略的論理から導いた見通しであり、各国の実際の建造・運用がこの方向に収束するかどうかは確定していない。その意味で、トランプ級BBGNは本稿の論理にとって興味深い問題を提示する。大型艦の復活を発電力による低コスト攻撃に対応するという防御的論理から理解するのが本稿の立場だが、トランプ級にはその論理とは異質な要素が混在しているように見える。排水量3万〜4万トンの巨艦に極超音速兵器を搭載するという構想は、防御インフラとしての大型艦というより、決戦型の攻撃艦に近い性格を帯びているようにも感じられる。加えて「黄金艦隊」という命名からも伝わるように、この構想には純軍事的必要性を超えた政治的示威の色合いがあるとみることもできる。宣伝として「強いアメリカ」を可視化する道具として機能させようとする側面があるのではないか——そういう推測も成り立つ。軍事的合理性と政治的演出が混在するトランプ級の性格は、本稿が描いた「防御のための大型艦」という論理とは必ずしも一致しないともみえるが、引き続き経過に注目したい。


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