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一太郎よ、「形式美の守護者」に立ち返れ——生成AI時代における一古参ユーザーからの直訴状——


同じ病理が、また繰り返されようとしている

 一太郎を長く使ってきた者として、今、強い既視感を覚えている。

 かつてジャストシステムは、OSまで自前で作ろうとして自滅した。その後、マイクロソフトのパソコンへのセット販売という強引な囲い込みでシェアを奪われ、官公庁という最後の牙城からも徐々に退場を余儀なくされた。そのたびに、問題の本質は技術力の不足ではなかった。「全部自前でやる」という企業文化が、外の世界との連携を妨げ続けたのだ。

 そして今、生成AIという波が来ている。ジャストシステムの答えは、ATOK MiRAという自社製AIアシスタントの統合だ。方向性は理解できる。しかしこれもまた、「全部自前」の路線である。同じ病理が、静かに再演されようとしている。

「変換しないとAIに通せない」という静かな離反

 現場での実感を率直に言う。法律文書や長文の論考を書くとき、外部の大規模言語モデルで構成を検討し、校閲をかけようとすると、必ず一太郎ファイルをいったんWord形式に変換しなければならない。この一手間が積み重なるうち、ある日ふと気づく。「どうせ変換するなら、最初からWordで書いておけばよかった」と。

 誰も声高に一太郎を捨てると宣言するわけではない。ただ静かに、ワークフローの自然な流れとして、別のツールに移行していく。これが最も怖い離反の形だ。

AIと内容で張り合っても、勝ち目はない

 ATOK MiRAが自社統合型の文章アシスタントとして機能するとしても、外部の最先端モデルと「文章の内容を生成する能力」で競うことには、本質的な無理がある。大規模言語モデルの世界は、巨大な計算資源と膨大なデータで勝負が決まる。その土俵に、一ワープロソフトが乗り込んでいけるはずがない。

 では、一太郎はAIに敗れ去るしかないのか。そうは思わない。ただし、戦う場所を根本的に間違えてはならない。

強みの本質は「形式美の守護」にあった

 振り返れば、一太郎が官公庁・法曹・出版の世界で長く評価されてきた理由は、文章の「内容」を生成する能力ではなかった。縦書き、ルビ、禁則処理、行間制御、公文書の様式——日本語の形式的厳密さを高いレベルで実現できること、それが強みの本質だった。

 Wordへの不満が今でも根強く残るのも、まさにこの領域だ。グローバル標準化を目指したソフトウェアが、日本語特有の形式的慣習を完全には吸収しきれていない。大規模言語モデルも同様だ。意味の処理は得意でも、日本語文章の形式美というローカルな規範は、標準化や大規模化の土俵の外にある。

 つまり一太郎には、AIが本質的に苦手とする領域で、まだ勝てる場所がある。

求められる転換:「器」としての再定義

 提案は単純だ。「AIが書いた文章を、日本語として最も美しく正しく仕上げるプラットフォーム」になることだ。AIと競うのではなく、AIの出力を活かす。法律文書として、学術論文として、文芸作品として——形式的に整えることを専門にする。

 具体的には、以下の三点を求めたい。

一、jtd形式の仕様公開、または外部AIが直接読み書きできる軽量APIの提供

一、外部大規模言語モデルとの連携機能の実装(Claude・ChatGPT・Gemini等)

一、note・小説投稿サイト等への直接出力機能の強化

 そのうえで、jtd形式を外部AIに対して開くことが最初の一手だ。WordがOOXML標準化によって外部連携を可能にしたように、一太郎も「閉じた形式」から一歩踏み出す。

 なれた一太郎で文章を作成し、外部AIで校閲し、インデントを勝手に崩し書式を壊すWordに渡すことなく、一太郎の堅牢な編集環境で美しく仕上げ、厳密な書式で公文書や論文として紙で出力したり、noteや投稿サイトに直接送り出す——そういうワークフローが摩擦なく実現できれば、法曹をはじめ使い慣れたユーザーは踏みとどまるし、新しい書き手も引き寄せられる。

 ボールは、ジャストシステムの側にある。

こだわりの層が去ったとき、残るのは何か

 一太郎を今も使い続けているのは、その価値を言語化し、代替手段も知った上であえて選んでいる層だ。自分もその一人だと自覚している。この層が「摩擦に見合わない」と判断して静かに去ったとき、残るのは乗り換えること自体が困難な惰性層だけになる。売上の急落は起きないから、社内では危機感が生まれにくい。しかし新陳代謝は完全に止まっている。それが、製品の「死の前の静けさ」だ。

 まだ間に合う。「全部自前」という病理から抜け出し、形式美の守護者として外の世界に開かれた一太郎を見たい。

 私は一太郎を批判したいのではない。むしろ、法曹として、書き手として、これからも使い続けたいからこそ書いている。それが、長年のユーザーとしての、偽らざる願いだ。


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