怪談:【臍がらみ】第8話 「内見」【創作大賞2024参加作品】
あれからネット上の怪談をくまなく検索してみたがそれらしいものは中々なく、いたずらに時が流れつつあった。岸辺も何かあれば連絡すると言ってからと言うもののなんの音沙汰もない。
最近の結衣はだいぶ気を持ち直してきたようで学校にも通い直すようになった。笑顔も増えてきてこちらとしては安心している。ともかく毎日スマホで彼女の居場所を確認する必要は無さそうだ。
それはそれとしてもこうしてはいられない。手掛かりを得るために、俺は覚悟を決めた。
【大切な家族】の舞台になったアパートがどこかはもうネットで調べがついている。事故物件となった部屋情報を集めたサイトにもバッチリ掲載されており、しかも信じられないことだがまだ売りに出されているとのことだ。
すぐにアパートの管理会社に連絡を取り、部屋を探していると言う名目で内見のアポをとった。
その週の土曜日、グーグルマップを頼りにそのアパートのあるであろう場所へ向かうと、写真で見たようなお化け屋敷風なアパートとは違い、実際には白いタイル張りの綺麗な二階建てのアパートがそこにはあった。どうやらリノベーションしたようだ。
駐輪場の方を見ると花柄のエプロンを着た白髪の老年の女性が腰を屈めて箒と塵取りで掃除をしていた。
おそらくここの大家なのだろう、こちらに背を向けているのでこちらから挨拶をした。
「こんにちは、内見を予約していた坂上を申しますが」
すると女性は「あらやだ」などと呟きながら立ち上がり、こちらへ顔を向けた。シワだらけではあるが肌にハリがあって話が通じそうな印象を受けた。
「はいはい、どうもどうも、ええ坂上さんですね、お聞きしてますとも、大家の橋田です」
橋田さんは深々と頭を下げつつ、目だけはこちらをじっと向けていた。笑顔ではいるがわざわざ事故のあった部屋を指定して内見に来るような男だ。警戒しているのも無理はないし、実際借りるつもりは毛頭ない。
橋田さんは早速階段を上がり、例の部屋へ案内してくれた。
「たまにいるんですよ、事故物件なもんで安くしてると借りさせてくれって言ってくる人がね」
「でもダメなのよ、みんなすぐ出ていっちゃうのよ、まあ仕方ないわよね、だからここはいっつも空き部屋なの」
橋田さんはいそいそと部屋のドアの鍵を開けている。
気になってしまい、この際聞いてみることにした。
「橋田さんは、その、あの事件については何か知っているんですか?」
それを聞いた瞬間、彼女の手が一瞬止まったような気がした。
「いいえ、事件があった後にここの10人はほとんど出ていっちゃって困った前の大家から格安で買い上げてリノベーションしたのよ〜、私って不動産が好きで他にも3棟のアパートもってるのよ」
庶民的な雰囲気を纏っておきながら思っていた数倍はブルジョワなマダムだというわけだ。世の中見た目ではないなと認識を改めざるを得ないな。
「でもねえ、ここら辺ってほら、あまり治安もよろしくないし、家賃も低めでしょ?それにこんな部屋じゃ事件も起きちゃうわよねえ」
マダムはドアを開けて土足のまま部屋に上がり、俺を招き入れる。それに倣って土足で上がりつつ聞き返す。
「こんな部屋とは?」
マダムは部屋を見渡しながら語り出す。
「ここね、キッチンは狭いし風呂とトイレも一緒で独立洗面台のないわ、水回りが不便だと生活の質も下がっちゃうわ。それにね窓も小さい上に開けても目の前には隣の一軒家の壁が見えるだけ、これじゃあ住んでても開放感がなくて気持ちが落ち込んでくるわ」
「そうですか……」
部屋の間取りは2K、キッチンと6畳の洋室、そして問題の4畳半の和室。
ここに母娘と犬一匹で暮らし、あの事件が起きた。

これまでは全くの無関係の他人に起きた不幸でしかなかったのに、いざ現場に乗り込んだことで、その部屋に折り重なった不幸が自分の首に手を伸ばしてくるような気がして、息苦しくなってワイシャツのボタンを一つ開けた。
気圧されてはいけない。俺はここに“うみお”の手掛かりを見つけにきたのだ。玄関から部屋に入るとまずキッチンがある。そこから右に向き直ると二つのドアがある。左のドアは洋室へ、右のドアは和室へつながっている。
意を決して右のドアに手をかけた。
マダムは後ろでにこやかな笑みを浮かべている。
和室のドアを開けると左側には押し入れが、前方にはすりガラスの窓が付いていた。中へ歩みを進めるとどこかひんやりして居心地が悪い。
部屋の中央に立って周りを見渡してあることに気づいた。押し入れの襖は正しく取り付けられておらず、重ねて立てかけられていた。
怪談によればこの押し入れの中で犬が死んでいたはずだ。
「この押し入れはなぜ襖を外されているのですか?」
大家は「ああそれね」と言い、キッチンの方で収納を開けたり閉めたりしながらつづけた。
「なんかねえ、閉めちゃだめなんだっていうのよ」
「誰がです?」
「事件が起きた後にここを借りた人たちみーんなよ、そこを閉めるとね、夜中になると聞こえるんですって」
「何が……?」
「犬の鳴き声よ、それも元気に吠えてるもんじゃなくてひゅう〜ひゅう〜って今にも死にそうな声で鳴くんですってよ、ちょうど0時くらいになると聞こえるらしいわよ」
「それで、襖を外しておけば鳴き声は聞こえないと?」
「まあ、開け放しておけば何もいないことは分かりきってるからね、中身がわからないプレゼント箱は不気味なものよ」
開け放たれた押し入れの奥をじっと見つめてみる。古い木の香りが鼻を通って鼻腔を刺激する。微かに動物の匂いがしたような気がした。
そこにいたのだろうか。
腕を組んで考え込んでいると大家は思い出したかのようにわざとらしく手を打った。
「あらやだ、私ったら契約書とか書類を下に置いてきちゃったわ、ちょっと取ってくるわね、好きに見ていてちょうだい」
大家はスリッパを鳴らしながら部屋を後にする。
お言葉に甘えて他の部屋も物色することにした。
洋室、キッチン周り、ユニットバス、そしてまた和室に戻ってくる。
和室の入り口に立ってもう一度周りを見渡す。
怪談では、犬は押し入れの中で死んでいた。
だが実際の事件では四畳半の和室の真ん中で死んでいたという。
和室の真ん中で、死んでいた。
さっき、和室に入って中央に立った時、足に伝わる感触に僅かな違和感を感じた。まるで何かが中に挟まってるかのような。
後ろを振り返り、大家が戻っていないことを確認してから和室の中央の半畳の畳を引っくり返す。
そこには学生が使うようなキャンバスノートがあった。その表紙には名前が書かれていた。

”浜田佳奈“
母親に刺された娘の名前
その時、大家が戻ってきたのだろう、外の階段を上る音が聞こえ、咄嗟にそれをバッグにしまい、畳を元の位置に戻し、キッチンへ行き大家を迎えた。
「さ、気に入ってくれたかしら?」
大家は目を細めて歌うように俺に呼びかけた。
部屋の契約をやんわりと断り、くだんの物件を後にしようとアパートの外に出ると、ポツポツと雨が降り出した。
しまったな、天気予報では今日は快晴のはずなのに。
すると大家は折り畳み傘を差し出した。
「これ、あげるわよ」
「いいんですか?」
「いいのよいいのよ、歳を取るとね、人と会話できること自体が嬉しくてね、ついお節介しちゃうのよ、独居老人のつらいとこね」
「では、ありがたく」
頭を下げ、折り畳み傘を開くと彼女は続けた。
「そ にね、た もう なのよ」
雨音に紛れ、よく聞こえなかったが、大家の方を向くとしわくちゃの笑顔でこちらをじっと見つめている。
とくに聞き返さずもう一度会釈をしてその場を後にした。
帰り際に2階の例の部屋の方を見ると玄関の横の窓が少し開いていた。

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