見出し画像

命のふちで出会った私たちの物語【第1章】壮絶な出産①突然の異変。すべてはここから始まった。

はじめに~困難の中から見つけたもの~

この物語は、私にとって「原点」と呼べる体験です。

次女の出産は、幸せとは程遠いものでした。
命がけで、壮絶で、母子ともに死と隣り合わせの時間の中にいました。

そして、生まれてすぐに突き付けられた、
「重い脳の障害」という現実。

それは、私の人生観を根底から揺るがすほどの衝撃でした。


あの瞬間から、何がどう変わっていったのか。

このシリーズでは、過去の私が体験した
葛藤や絶望、そして小さな希望の光を
一つ一つ丁寧に綴っていきます。

命の重み、障害児ママとしての成長、
そして「わたし自身を生きる」までの道のりを、
もしよろしければ読んでいただけたら嬉しいです。


あの夜、全てが始まった

2012年12月。
そのときは、突然やってきた。

第三子の次女の出産予定日まで、あと2週間。

その日は午前中に産婦人科の診察を済ませ、
赤ちゃんが順調に育っていることにホッとしながら、両親と昼食を楽しんでいた。

「もうすぐだね」なんて会話を交わし、
ごく普通の、平和な一日になるはずだった。


そんな私に異変が起きたのは、その日の夜のこと。
当時6歳だった長男と、3歳の長女を寝かしつけた22時すぎ。急に陣痛を感じた。

「いつものやつだ」
3人目だったため、出産の流れは分かっていた私。

「上の二人は陣痛がきてもなかなか産まれなかったから、
痛みの間隔が短くなってから、病院にいけばいい。」

そんな風に余裕を持っていた私は、
このあと自分自身にとんでもないことが起こるとは
夢にも思わず、落ち着いて様子を見ていた。

日付が変わるころから、だんだん陣痛が強くなっていったものの、
これまでの経験から、「まだ大丈夫だ」と我慢していた。

突然の異変

ところが、深夜2時を過ぎたころ、
突然、破水が起きた。

そのまま寝室へ戻ってすぐに夫を起こし、
病院に連絡。

「すぐに来てください」と言われて暗い寝室を出た私は、
廊下の電気をつけて、思わぬ光景に目を疑った。


出血してる…!破水じゃなくて大量出血だ!

「どうしよう!急がないと!」

長男と長女を近所にある夫の実家に預けて、
夫の運転で産婦人科に向かった。


「病院まで近いから大丈夫。
きっとすぐに産まれるだろう。」

この時はまだ、何も知らなかった。
この後の自分と赤ちゃんに、何が起きているのか。

これがどれだけ危険な状態かを知らずに、
私はそんなのんきなことを考えていたのだ。


真夜中の産婦人科で

家からほんの5分ほどで病院に着き、すぐ診察室に通された。

夜中の真っ暗な病院はシーンと静まり返り、ひんやりとした空気が漂っている。

そこは産婦人科医が一人しかいない病院で
その時は医師が不在だったので、
到着を待つ間、当直の看護師さんが応急処置をしてくれた。

お腹にモニターをつけて、色々な検査をするうちに、
看護師さんの顔色がどんどん曇っていくのが分かった。

「私、ダイジョーブかな…」

なんだか『非常事態』の空気を感じた私は、
ますます鼓動が速くなり、だんだん不安が募っていった。

出血も止まる気配がなく、
時間だけが残酷に過ぎていく…

「どうしよう。大丈夫かな。」

「でも、こんな時こそ不安になっちゃいけない。
大丈夫、うまくいく!って信じよう」

ただならぬ状況に動揺しながらも、
自分にそう言い聞かせるしかなかった。


高まる不安

3~40分ほど経った頃、
ようやく医師が到着。

「よかった!これでやっと産める!」

主治医が来てくれたことに少し安心し、
このまま分娩体制に入るものだと思いこんでいた私。

しかし、そんな想いとは裏腹に、
私が連れていかれた場所は、分娩室ではなかった。


別の診察室でお腹のエコーを取られ、
モニターとお腹を何度も確認する主治医は、
今までに見たことがないような険しい表情に見えた。

「大丈夫ですよ」の一言もなく、ただただ無言のまま…。


それが終わるとまた、暗い廊下を通って、別の検査室に運ばれる。


この時私は、なんだか嫌な予感がし始めていた。

「え?なんで?どうしてまだ産めないの?」
「もしかして私は今、何かマズイ状態なんじゃないだろうか…」

そんな不安をすぐに心の中で打ち消して、
なるべく平静を保とうとしていた。

まさかの緊急搬送

そんな私に、主治医が衝撃の一言を告げた。

「赤ちゃんの心拍が、下がってきてます。
すぐ手術をして、赤ちゃんを取り出す必要があります。

申し訳ないけど、ここでは手術ができないので、
今から救急車で大学病院に移動してもらいますけど、いいですか?」


「いいですか?」
と、聞くまでもないくらい緊急性が迫っていたことを、
この時の私はよく理解できていなかった。

正直言って、認めたくなかったのかもしれない。

ただ、主治医がそう言うならそうするしかない。

「とにかく赤ちゃんを無事に出してあげないと!」
その一心で、私はすぐに救急車に乗り込んだ。

夫の動揺

病院の外に出ると、夫が不安そうに見守っているのが見えた。

「なんか、大学病院に行くことになった」
「うん。車でついていくよ」

そんな会話を交わし、私は看護師さんとともに
救急車で大学病院に向かった。

ちらちらと雪が降っていて、
これから大雪になりそうな、とても寒い夜だった。


夫も、まだこの事態を正しく理解できておらず、
鬼気迫る主治医や看護師の雰囲気から
「ただごとじゃない」と察していたということ。

診察を待つ間、入院するはずの部屋に通され、
ちいさなベビーベッドを眺めながら
「もうすぐ会える」という期待でいっぱいだった夫。

それなのに、いきなり妻が緊急搬送されることになり、
何が起きているのか、全くわからなかったのだとか。


あと少しで我が子に会えると信じていたのに…

ここまで38週、順調だったのに。
どうして私がこんなことに…!

現実感のない状況を、そのときはただ、受け入れるしかなかった。


この緊急搬送の先に待っていたのは、
さらに予想を超える壮絶な出来事でした。

次の記事では、このあと何が起きたのかをお話します。

▼このお話の続きはこちら↓

いいなと思ったら応援しよう!