《短編小説》夢の国のガイド
あてもなく、テーマパークをさまよっていた。
ーー他に、好きな人ができたの。
1週間前に聞いた彼女の言葉が、いつまでも頭の中で響いている。
彼女の靴下が、やけに白くて、眩しかった。
気づいたら、観覧車に乗っていた。
向かいには、もちろん誰もいない。
ゆっくり、ゆっくり、頂上へと近づく。
彼女と見つめ合い、胸の鼓動が最高潮に達し、僕は彼女に近づいてーー。
頭を振り、こびりついた思い出を払い落とす。
やめよう。
こんなことをしても、空しいだけだ。
観覧車から降り、僕は出口へと足を向けた。
周囲は、カップル、カップル、カップル。
下を向き、足を速める。
彼女は最後の言葉通り、僕と別れてすぐ、隣のクラスの男と付き合い始めた。
学年一のイケメン、成績優秀、スポーツ万能。
僕なんかが、勝てるわけなかった。
ふと視線を感じ、辺りを見回す。
ゴンドラが浮かぶ運河のほとりにいる何かが、こちらを見ていた。
「あれ?亀?」
亀なんて、ここにいただろうか。
僕と目が合うと、亀はゆっくりと向きを変え、のそのそと歩き出した。
僕が立ちすくんでいると、亀はまたこちらに向き直る。じっと見ている。
一歩、踏み出した。
亀はまた前を向き、歩き出す。
15分ほど歩き続けると、亀は、近くの植え込みの中へと入って行った。
「おい、こんなところに何があるんだよ」
植え込みをかき分けて覗き込むと、亀はなんと、甲羅の中に引っ込んでいる。
「はぁ?何だったんだよ…」
ため息をついて、植え込みから出ようとした瞬間。
「オレが、あいつに本気?な訳ねーじゃん」
あいつだ。
あいつの声が、すぐそばから聞こえた。
そっと茂みから顔を出すと、あいつと、知らない女子が、腕を組んで歩いていた。
姿を隠し、声を追う。
「だって、告られて、オッケーしたんでしょ?」
「オレの彼女はお前だけだって、いつも言ってるだろ。あいつは遊びだよ。あ・そ・び」
「ひっどーい!これで何人目よ」
そう言いながらも、あいつの彼女は、心底おかしそうに笑っていた。
「あいつ、太ってるけど、胸はでかいからな。長島みたいな陰キャにはもったいねーし、オレがちょっといい思いさせてやろうってことよ。人助け的な?」
「あの子とシンジだって釣り合わないでしょ。本気で付き合えると思」
言葉が途切れる。
恐る恐る、茂みから顔を出す。
彼女が立っていた。
「…シンジくん。その子、誰」
声が震えている。
「彼女だけど?」
あいつの、ヘラヘラした声。
「…どうして」
「別に、お前だけと付き合うなんて、オレ、一言も言ってないけど?」
「アンタみたいなデブ、シンジの本命になれると思ってんの?」
甲高い笑い声。
僕は下を向く。拳を握る。
亀が、いつの間にか、すぐそばまで来ていた。
これでいいのか、というように、僕を見つめる。
もう一度、彼女のほうを見やる。
マシュマロのような頬が、真っ赤に染まっていた。
どんなに。
どんなにケンカした時でも、彼女にあんな顔をさせたことはない。
「うわああああああああああ!!!」
気づいたら、雄叫びを上げていた。
亀を蹴飛ばしそうな勢いで、茂みから飛び出す。
僕を見た彼女が、大きく目を見開いた。
二人も振り返る。
男の僕でさえイケメンだと思っていたあいつの顔は、醜く歪んでいた。
胸ぐらを掴む。
躊躇なく、顔面に拳を叩き込んだ。
