見出し画像

代理出産を羨ましいと思った私を、責めないでほしい。

「羨ましいな…」

自分がこんな感情を抱くようになるなんて。
10年前には思いもしませんでした。


先日何気なくYouTubeを相棒に
皿洗いをしていると、オススメでこんな
動画が出てきました。

代理出産が認められているジョージアで
代理出産を選択した夫婦の特集でした。

日本では法律で
代理出産は認められていません。
日本では「産んだ人が母親」となります。

だからこの夫婦も、日本に帰国後
特別養子縁組の手続きをされるそうです。


助産学校に入って間もない頃、
「代理出産に賛成か反対か」
というディベートをしたことを思い出しました。

実際法的にはどうなのか?
どういった理由で、日本では認められないのか?
実際に代理出産を依頼した夫婦の背景…など。

インターネットから情報を集め、
「反対派」「賛成派」で論点をまとめました。

今思えば、データに過ぎないもので
それなりに語っていたように思います。


当時の私は独身で、子どもすらいません。

その時は、どこか異世界の物語のような、
自分とは縁遠いことに感じていました。



私はこの動画を最後まで見て
2つの感情を抱きました。

一つ目は「羨ましい」

妊娠や出産、
産後に伴う体の負担が分かっている
助産師のわたしが、こんなことを思うのは
間違っているかもしれません。

けれど子どもを望む一人の女性として、
その選択肢が残されていることを、
羨ましく思いました。


そして、もう一つはその動画に書いてある
コメントをみて、

「分かったようなことを、当事者に
なった訳でもないのに言わないでほしい」

という悲しみと、怒りでした。

この動画のコメントには
「代理出産」に対する批判的な意見が
多くあげられていました。

●親のエゴ。
 産まれてきた子どもの将来を考えていない
●どんなに綺麗事を言っても人身売買だ
●ここまでして、子どもがほしいか?

これは一部抜粋です。

読まなければいいのに、こういう時に限って
スクロールする手が止まりません。
一つ一つのコメントから目が離せませんでした。

予めお伝えしておくと、私は代理出産に
賛成している訳ではありません。

やはり、妊娠はリスクが伴うものです。
下手をしたら、
一生の傷を負うことだってあります。

それを、他人に背負わせるのは躊躇うし、
避けるべきだとは思います。


ただ、2人目を望みながらも
出産の後遺症のため、
33歳で子宮の機能を失い
「産むのは難しい」と宣告された私からしたら、
正直、一瞬脳裏をよぎる選択肢です。

そんな中、本当に産めない苦しみを知らない
人たちから、正論を突きつけられることを
私は、苦しく感じてしまいました。

コメント欄に並んでいた言葉は、
どれも間違っているわけではありません。

「子どもが、自分が産まれた話をきいて
どう思うのか」
「女性の体を商品にしてはいけない」
「お金で何でも解決するのは間違っている」


助産師として、
その一つひとつに私も頷けます。

正しいことだから反論できない。

だからこそ、苦しかった。



時として、正義や倫理観に背いても
自分のエゴを通したくなる。

そんな、気持ちを抱いている人に対して
「正義」や「正論」ほど辛いものはない。

私はそんな風に感じました。


 (私はこのコメント欄に、
    何を望んでいるのだろ…)


答えは、一つです。

           私は、共感してほしかった

「子どもを望みながら
産めないのは辛いですよね」

「きっと、その選択をするまで
いろんな葛藤があったんでしょうね」

そんなコメント📝がないかを、
探していました。

YouTubeのコメントに何を求めているんだ。
と思われるかもしれません。

でも、「共感」がなく
「批判」と「正論」しかないから
苦しいんだと気づいたのです。



私はこの動画を見終えて

自分に経済的余力があって、
倫理的葛藤に揺れながらも、
代理出産ができる条件下であれば

その選択をするだろうか?と。


答えは

「しない」でした。

羨ましい…とは思う。

けれど「できない」そう思いました。


もちろん、血のつながった我が子に
もう一度会いたい。
という気持ちは今もあります。

けれど、それが叶わない。

となった時に「代理出産」は藁にもすがる
思いでたどり着く、最後の希望でしょう。

助産師になるとき、
「リプロダクティブ・ヘルス・ライツ」
という考えを学びました。

妊娠や出産、性的なことなどについて、
自分自身で決定し、心も体も社会も健やかに生きるための重要な基本的人権の概念 です。

時として、法律や教えは矛盾を生みます。

こちらの記事でも紹介していますが、
国や文化によって「いのち」そのものの
考え方が違うことだってあるのです。


けれど、やっぱりできない。

それが、答えでした。


理由は、はっきり言って正直分かりません。

でも私は、助産師としての経験を
総合周産期母子医療センターで積みました。
(クリニックで管理できないような状態の
妊産婦が集まってくる病院)


私のように、前触れもなく
緊急事態に陥る出産をいくつも見てきました。

出産のリスクを嫌と言うほど知っています。
自分の目の前で、赤ちゃんが息をひきとった
こともあります。

前回が大丈夫でも、
今回はどうなるか分からない

その綱渡りに、他人を乗せることが
わたしには、やっぱりできない…


「代理出産」は今後も報道番組等で
答えのないテーマとして取り上げられ、
これからも考えさせられるでしょう。


今は私自身、このように感じましたが、
また月日が経ったら感じ方が
変わっているかもしれません。

私は代理出産を賛成したいわけでも、
反対したいわけでもありません。

ただ、
この動画を見て改めて思ったのは、

正論は、人を守るためにある。

でも必ずしも「正論」が人を救う訳じゃない。
ということです。

だから私は、正しい答えを急ぐ人よりも、

まず
「その人はどんな思いでそこに
たどり着いたんだろう…?」
と想像し、話が聴ける人でいたい。

助産師としても、一人の人間としても、
そんなふうに考えるきっかけとなりました。



最後までありがとうございました🫧


作中紹介した記事はこちらです🌈


いいなと思ったら応援しよう!

-空色ママ-「助産師が、母になって初めて知ったこと」 メンタルケアは”フィジカルケア”から🫶 「整えて、温める」を大切に、自分の体と時間を大切にできる場所。ママや妊活女性向けケアサロンを作ることを夢見ています🥹その準備資金とさせていただきます🙏🧡