【実録】昭和〜平成〜令和サラリーマン生存記#7 「米国出張編2」
「米国出張編2」
〜Z旗が「ジェット機」に化ける奇跡と、20ドルの賄賂という幻〜
米国ベンダーへの大目玉プレゼン。興奮した上司が叫んだ、
「この案件には我が社のZ旗が立っている!」。
困惑する米国人を救ったのは、通訳による「奇跡の聞き間違い」だった。さらに、空港での置き去り事件がもたらした至福の解放感と、帰国後に発覚した「同僚による宿泊費使い込み」という新たなサバイバル。
〜待ち合わせの「聖域」と沈黙の三十分〜
規律とは、常に「上」の都合で書き換えられるものらしい。
米国出張二日目。私はホテルのロビーで、時計の針を見つめながら「理不尽」という言葉を噛みしめていた。
F事業部長は時間に厳しい。かつて日本で十五分前に待ち合わせ場所に着いた私を、
「三十分前に来て資料をレビューするのがプロだ!」
と一喝した御仁だ。以来、部下たちはデートでもしないような「四十分前行動」が義務となった。
しかし、その本人が降りてこない。約束の時間を過ぎても、エレベーターの扉は沈黙したままだ。
「……呼びに行きましょうか?」
私の提案に、T本部長は顔をこわばらせて首を振った。
「いや、呼びに行くのはまずい。降りてくるまで、ここで『待ち』だ」
本部長、恐れすぎである。結局、事業部長が悠然と現れたのは三十分後。もし立場が逆なら、私は今頃サンノゼの空の露と消えていただろう。
〜英語プレゼンと「迫力」の乱入〜
一件目のベンダー。私は徹夜で仕上げた英語資料を手に、意を決し思い切って英語でやろうかなと英語で説明を始めた。だが、開始早々、事業部長の太い声が遮った。
「おい、無理すんなよ!」
その一言で私のやる気は霧散し、以降は通訳を介して日本語で説明した。さらにプレゼンが佳境に入ると、事業部長は、
「迫力が足りない! 退け!」と私を突き飛ばし、自ら前に出た。
通訳を介している以上、声の大きさなど関係ないはずだが、私は隣でただの置物と化した。
日本人出席者からの同情の視線が、カリフォルニアの日差しより痛かった。
〜Z旗が「ジェット機」に変わる時〜
二件目のベンダーは、故障続出で大目玉を食らっている「戦犯」企業だ。
会議室の温度が上がる中、興奮した事業部長が机を叩いて叫んだ。
「いいか! この案件には、我が社の『Z旗』が立っているんだ!!」
……終わった。
Z旗。日露戦争で「後がない」決意を示したあの旗。米国のエンジニアが知るはずもなく、しかも通訳は韓国人だ。絶望的な沈黙が流れるかと思ったその時、奇跡が起きた。
「Jet plane takeoff...(ジェット機、離陸……)」
通訳がそう訳したのだ。
事業部長の「Z旗(ゼットキ)」という訛った発音を「ジェット機」、「立っている」を「飛び立っている」と聞き間違えたらしい。
「後戻りはできない」という意味で解釈した米国ベンダーは、深く頷き、神妙な面持ちになった。
通じた!奇跡だ!
帰国後、右翼気味の同僚S君に、
「Z旗は常識ですよ、それでも日本人ですか、『坂の上の雲』を熟読して下さい」と説教されたが、あの場を救ったのは教養ではなく、事業部長の絶妙な滑舌の悪さだったのだ。
〜ロサンゼルスの解放と「袖の下」の幻〜
移動のロサンゼルス空港。事業部長はまた「知ったかぶり」を発揮した。
「カウンターに行く必要はない。このイージーチェックインを通ればいい」。
これもうダメパターンだよねと内心思った。
その言葉に従ったのが運の尽き。最後の搭乗ゲートで係員に「スーツケースが大きすぎる」と足止めを食らった。
「私、預け直してきます!」
私はスーツケースを抱えて引き返したが、当然、飛行機には間に合わなかった。事業部長たちを見送り、一人次の便を待つ。
その瞬間、私の心にはサンノゼの青空のような解放感が広がった。事業部長と離れた数時間は、どんな高級スパよりもメンタルを回復させてくれた。
数時間後に合流すると、事業部長は開口一番こう言った。
「いいか、あの時、係員に二十ドルを『袖の下』で渡せば乗れたんだ。お前は修行が足りん」
……そんなわけないだろう。米国でそんなことをしたら別の意味で帰国できなくなる(逮捕されます)。
このオヤジ、何を言っているんだと心の中で思った。
〜消えた宿泊費とお金は賞与まで待って〜
出張の疲れも癒えぬ帰国後、私のカード明細に心当たりのない「米国ホテルの宿泊費」が上がっていた。
カード会社にサインを確認すると、サインは同僚のH君のものだった。以前一緒に泊まった際のデータがホテル側に残っており、今回一人で泊まったH君の費用が、なぜか私の番号で決済されてしまったらしい。
「H君、お金返してよ。出張費、会社から出たでしょ?」
問い詰めると、彼は頭をかきながらとんでもないことを口にした。
「……ごめん。実は、使い込んじゃってさ。次の賞与まで待ってくれ」
「えーー」
……私も金持ちではない。他人のホテル代を肩代わりしたまま、ボーナスを待つサバイバルが始まった。
