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試作版 大正モダンタイムス 夢の跡に見た夢



第二章 短歌という魔術


第七話 詩人たちの交錯――交わらぬ声


 詩人たちは、しばしば「同じ時代を共有している」と言われる。
 だが実際には、彼らはただ、同じ空気を吸っていただけだった。
 大正という時代は、
 詩人たちに出会いを与え、
 同時に、決定的な距離を与えた。
 ある晩、神田の小さな座敷に、
 与謝野晶子、若山牧水、佐藤春夫の三人が集った。
 偶然ではなかった。
 編集者の手配による、
 いわば「時代の都合」である。
 酒が置かれ、
 盃が回り、
 言葉が慎重に選ばれた。
 だが、最初から、
 三人は違う方向を向いていた。
 晶子は、最初から語った。
 沈黙を挟まなかった。
「詩は、命です」
 それは主張ではなく、
 事実のように語られた。
「書くことをやめるくらいなら、
 私は、生きるのをやめるでしょう」
 牧水は、盃を傾けながら、
 その言葉を受け止めた。
「それほど、強くはなれません」
 彼は、正直に言った。
「私は、生きているから歌う。
 でも、歌うために生きているわけじゃない」
 晶子は、牧水を見た。
 咎めるでも、諭すでもなかった。
「それでも、あなたは歌う。
 それが、あなたの誠実さですね」
 炎と水は、
 この距離でしか、共存できなかった。
 佐藤春夫は、
 二人のやり取りを、
 少し引いた場所から眺めていた。
 彼は、どちらにも与しなかった。
 否、与せなかったのではない。
 与することが、できなかった。
 晶子のように、
 命を賭ける覚悟はない。
 牧水のように、
 身を委ねる勇気もない。
 春夫は、
 その中間に立つことを、
 恥じてもいたし、
 守りでもしていた。
「詩は、人を救うでしょうか」
 ふと、春夫が言った。
 場が、静まった。
 晶子は即座に答えた。
「救いません。
 救われようとする姿勢を、
 私は信用しません」
 牧水は、少し考えてから言った。
「救われるかどうかは、
 分かりません。
 でも、歌わなければ、
 私はもっと苦しい」
 春夫は、その二つの答えを聞き、
 自分の立ち位置を知った。
 彼は、
 救いを疑いながら、
 苦しみを放置できない人間だった。
 この三人は、
 互いを理解しなかった。
 理解しようともしなかった。
 だが、
 互いを否定もしなかった。
 それは、
 同じ言葉の危険性を、
 誰よりも知っていたからである。
 詩は、人を近づける。
 同時に、人を引き裂く。
 夜が更け、
 酒が減り、
 話題が途切れたとき、
 三人はそれぞれ、
 違う孤独を抱えていた。
 晶子は、
 次に燃やす言葉を考えていた。
 牧水は、
 次に飲む酒の味を思っていた。
 春夫は、
 この夜を、どう書かずに済ませるかを、
 考えていた。
 別れ際、
 晶子は、ふと立ち止まり、言った。
「同じ詩人でも、
 同じ生き方をする必要はありません」
 牧水は、黙って頷いた。
 春夫は、
 その言葉を、
 胸の奥にしまった。
 彼は後に、
 この夜を直接書くことはなかった。
 だが、
 彼の文章の「ためらい」には、
 確かに、この夜の影が差している。
               続く

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