父、ついに禁断の奥義を息子へ伝授する
いよいよ明日に迫った県大会。
息子は学校代表として、 中学1年生1500mに出場する。
学校代表を決めるレースを勝ち抜き、 初めて挑む県大会。
同じ中学校からは、 学校代表の息子と、 クラブチーム代表の選手の2人が出場することになった。
親としては、
ぜひ活躍してほしい。
そんな気持ちでいる。
夜。
県大会前日。
我が家の道場(※リビング)では、
なぜか向かい合って座る父と息子の姿があった。

もちろん、
畳はない。
掛け軸もない。
師範代もいない。
あるのは、
夕食後のリビングだけである。
しかし、
雰囲気だけは完全に道場だった。
父は静かに口を開いた。
「息子よ。」
「はい。」
「よく頑張って学校代表になったな。」
「ありがとうございます。」
父はゆっくりとうなずく。
そして窓の外を見つめながら言った。
「明日は県大会だ。」
「はい。」
「そんなお前に今日は大事な話がある。」
息子の表情が引き締まる。
「まさか・・・」
「そうだ。」
「まさか、あの技ですか!?」
父は静かに目を閉じた。
そして告げる。
「私が30年以上かけて編み出した最終奥義・・・」
『ずっこいスパート』
である。

息子の目が大きく開かれる。
「なんですって!!」
「伝説は本当だったんですね・・・」
父は静かにうなずく。
「詳しく知りたければ、以下の記事を見て欲しい。」
「東海マスターズでも炸裂した。」
「先日も見事に炸裂した。」
「ちなみに妻からは、ずるいと言われている。」
息子は少し考えてから答えた。
「最後の情報だけ気になります。」
こうして、
親子による
『ずっこいスパート伝授の儀』
が始まったのである。
父は立ち上がり、 ホワイトボード(※実際にはない)を指差しながら説明を始めた。
「いいか。」
「ずっこいスパートで一番大切なことは我慢だ。」
「まだ行くな。」
「まだ行くな。」
「もっと我慢だ。」
「さらに我慢だ。」
「もう少し我慢だ。」
息子が首をかしげる。
「ずっと我慢ですね。」
父は真顔で答えた。
「奥義とはそういうものだ。」
「なるほど。」
父はさらに続ける。
「そして最後に全部出す。」
息子は何かに気付いたような顔をした。
「名前の意味が少し分かってきました。」
父は即座に答えた。
「気のせいだ。」
その後も、
相手との距離感。
勝負どころ。
ラスト100mの駆け引き。
そして、
『今だ!』
と心の中で叫ぶタイミングなど、
秘伝の技術が次々と伝授された。

約1時間後・・・
息子がゆっくり口を開く。
「父上。」
「どうした。」
「見えました。」
「何がだ。」
「ゴールテープが。」
父は少し驚いた。
「早いな。」
息子は真剣な表情で続けた。
「そして分かりました。」
「この技はすごいです。」
「走りの概念が変わりました。」
父は満足そうにうなずく。
「そうだろう。」
「これならラスト勝負で負ける気がしません。」
「その通りだ。」
しかし、
父の表情が急に真剣になる。
「だがな。」
息子も姿勢を正した。
「はい。」
「この技には重大な欠点がある。」
「欠点?」
父は静かに語り始めた。
「この技を使いすぎると・・・」
「ずっこい。」
「ずるい。」
「また最後だけ持っていった。」
と言われるのだ。
息子。
「・・・。」
父。
「・・・。」
息子。
「確かに。」
父。
「だから本当に必要な時だけ使うのだ。」
息子。
「技の問題ではなく、ネーミングの問題ですね。」
父。
「その通りだ。」
こうして、
ずっこいスパート伝授の儀は無事終了した。
そして、
いよいよ明日は県大会。
果たして父から受け継いだ最終奥義は炸裂するのか。
それとも封印されるのか。
父譲りの「ずっこいスパート」は、 県大会の舞台で火を吹くのか。
その答えは、 明日の競技場で明らかになる。
ちなみに・・・
ここまで読んでくださった皆さんは、
「全部作り話でしょ?」
と思われたかもしれない。
安心してください。
私もそう思います。
実はこの話、
半分本当で、半分嘘です。
父と息子の会話には脚色があります。
道場もありません。
ホワイトボードもありません。
秘伝書もありません。
奥義継承の儀式もありません。
たぶん。
しかし・・・
ひとつだけ事実があります。
それは、
「ずっこいスパートの伝授をした」
ということです。
レース終盤の考え方。
我慢するタイミング。
勝負どころの見極め方。
そして最後に飛び出す勇気。
それだけは本当に伝えました。
父から息子へ。
受け継がれるものは、
フォームでもなく、
練習メニューでもなく、
もしかしたら
最後まで諦めない心
なのかもしれません。
・・・いや。
やっぱり、
ずっこいスパートかもしれません。
さて、
明日の県大会。
親の方がドキドキしています。
まずは思い切り楽しんでほしいと思います。
