短編小説|1話完結|Someday...Somebody...|失われた音
失われた音
夏の音はもう、過去のものだ。
蝉の声、風鈴の音、祭囃子、アイスコーヒーの中でカラリと音を立てる氷。その全てが、もう失われて久しい。
夏の気温は常時50度を超え、冬の気温はマイナス30℃という異常気象。専門家はテレビで、もう昔のような穏やかな気候が戻ってくることはないと言った。結果、人々が考え出したのは、地下都市に暮らすという選択。頭上に広がる青空は、AIが映し出したバーチャル映像。雨が降る事はなく、水は重要資源。最近では地上での水源確保もままならないと聞いた。
当然、蝉を始めとする、多くの生き物は絶滅。風鈴のようなものを作る余裕などない。水も食料も全て配給制なので祭りは開催不可能だし、水は全てパック詰めされた上、コーヒーなんて高級品は庶民の手には入らない。
そう、ここは夏そのものが失われた場所——
ただ、夏というものがどんなだったのかを知る手立てはあった。娯楽が極端に制限された地下都市での生活で、過去の人々が生み出した本だけが、十二分に供給されていた。
本の世界では、蝉の声も、風鈴の音も、祭囃子も、アイスコーヒーの中でカラリと音を立てる氷も、確かに生きてそこにあった。もちろんその音たちの多くは想像でしかないが、それでも、失われた夏を偲んで、センチメンタルに浸る程度のことは出来た。
本のページをめくると、日本家屋の縁側に、風鈴の音が響く。蝉の声が、空高く上る。バーチャル映像の空に、高く、高く——
お題をちょっと捻りたいなと思ったら、図らずもSFになりました。
毎日暑いですね。物語ではないですが、真面目に外で暮らせない日がくるのではないかと心配する今日この頃です。
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