ヒューマンドラマ×グルメ小説|タバスコが辛くなくて困る(12)|白ワインとしらすと大葉のブルスケッタ②
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【あらすじ】
ライターの東海林町子は40歳独身女。花より団子の食道楽。
大学からの友人、芙由美とまどかと3人で、独身を脱却するぞと宣誓するが、実は一人がまあまあ楽しかったりする。
立ち飲み屋で楽しむビールと焼き茄子、激安スーパーで買った鶏ハツでスパークリングワイン——
最高過ぎて、結局今日も一人飲み——?
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白ワインとしらすと大葉のブルスケッタ②
と、タイミングが良いのか悪いのか、「お待たせしました」としらすと大葉のブルスケッタが運ばれてくる。「ありがとうございます」と店員にニコニコと可愛い笑顔を向ける町子の様子に、少々意地の悪い気持ちが湧く理由にも、大和は気付いていた。
少し前に駅前の中華そば店で、町子と仲良く中華そばを啜っていた男性は一体誰なのか——
そのことを、大和はまだ訊きたくて訊けないでいる。
「美味しそー!」と先にブルスケッタに手を伸ばした町子の横顔を、こんな風に近くで見られるのが自分だけならいいのにと思う。これまで見て見ぬ振りしてきた独占欲が、粛々と隠しきれないところまで来ていた。
それでも、何でもない振りでブルスケッタに手を伸ばす。しらすの柔らかな歯触りとほのかな塩気の後から、爽やかな大葉の香りと食欲を増すニンニクの風味が追いかけてくる。香ばしく焼かれたバゲットのカリカリとした食感に、何でもないようでこれは実は計算し尽くされた方程式であると思ってしまうのもまた、過去に数学者を目指したからこその悲しい性か。
「大和ってさ、適当なようで、案外ちゃんとしてるよね」
早々と2枚目のブルスケッタに手を伸ばして、町子は言った。
まさか一見お気楽な焼き肉屋の二代目店主が、数学者を目指して大学院まで行き、途中で挫折した過去があるなど、町子でなくとも普通は思いもしないだろう。
唐突に貶されたのか褒められたのか分からず、大和が「え?」と言う。
「ほら、そういうところ。なんか相手の言ってることとかちゃんと受け止めようとするというか、分からないことを分からないままで適当に返事したりしないじゃない? まあ人によっては真面目過ぎるとか面倒くさいとか思うんだろうけどさ」
「あ、しらす落とした」と言いながら俯く町子の表情は、大和からは見えない。
「この間、グルメ記事の取材でお邪魔した漁師さんがここに海産物を卸してるらしくて。食べに行きますねって言ったの」と、今回町子からこの店に誘われたことを思えば、律儀なまでに真面目なのは町子のほうだろうと大和は思う。
「小説家になりたかったって話、どうして小鈴ちゃんの言葉からそう思ったかって聞きたい?」
「もちろん。聞きたいです」
その話が町子の中で終わっていなかったことにほっとする。
「昔から文章を綴るのが好きだったのは好きだったんだけど、それより何より、人の心の機微とか、世の中の不条理とか、それを文章で表現して得られる安心感とか、私そういうのが元々好きで。小鈴ちゃんの言葉を聞いて、まさに日常の中で使われる二元論的な表現では、表現し切れない感情だなって思ったの。黒でもない、白でもない、そのグラデーションの途中にあって、でも少しでも黒の濃さや白の濃さが違うと、それって別物だったりして」
町子は言いながら、「あれ? 何か変? やっぱり私、小説家向きじゃないみたい」と笑った。
「そんなことないです。分かります」と大和が言う。
町子が適当なようで、いかに誠実に言葉や文章と向き合っているかは、少し話せば分かった。学生時代、言葉の定義を嫌というほど考えさせられたから分かる。
「本当に? もう。適当言って」と町子がまた笑う。
「さっき、町子さん俺のこと、適当なようで案外ちゃんとしてるって言いました。だから適当じゃありません」と大和も笑った。
キラキラと屈託なく笑う町子が、人の光り輝く一面に、ふと寂しさを覗かせることを知りながら。
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