ヒューマンドラマ×グルメ小説|タバスコが辛くなくて困る(1)|ビールと焼き茄子とサザエの壺焼き
【この小説は一頁につきおおよそ4分で読めます】
マガジンTOP
【あらすじ】
ライターの東海林町子は40歳独身女。花より団子の食道楽。
大学からの友人、芙由美とまどかと3人で、独身を脱却するぞと宣誓するが、実は一人がまあまあ楽しかったりする。
立ち飲み屋で楽しむビールと焼き茄子、激安スーパーで買った鶏ハツでスパークリングワイン——
最高過ぎて、結局今日も一人飲み——?
【この小説は途中から有料になります】
ビールと焼き茄子とサザエの壺焼き
ビールや焼き茄子が美味しいと感じるようになったのは何歳頃だったか。
東海林町子は夕暮れの店内で考えながら、箸を動かした。苦味や臭み、えぐみなどを美味しいと感じるようになるのは、経験を重ね、それが毒ではないと学習したからだという説もあるが、一方で、舌の味蕾が減り、味を感じにくくなるからだという説もある。つまりは老化。そう。あまり直視はしたくないが、誰しもが逃れられない、あの老化現象というやつだ。
そういえば、いつからだったか、タバスコも2、3滴で足りていたのが7、8滴では物足りなくなり、そのうち、タバスコでは用を成さなくなった。最近はピザやパスタには、もっぱらハバネロソースだ。同年代の知人に、「え? そんなにかけるの?」と言われるので、町子にとっては、「私って周りの人より味覚の老化が早いのか?」というのが、最近の密かな関心事だったりする。
とは言いつつ、やはり苦いもの、臭いもの、えぐみのあるものは美味しい。焼き茄子なんて子どもの頃は嫌いだったのにな、と思いながら、その香ばしく焼けた表面をつつく。とろりと火が入った実の部分にかぶりつきながら、「ああ、幸せ」とグラスビールを流し込む。口の中でのマリアージュ。最高のひととき。
最近はおひとり様女子でも入りやすい立ち飲み屋が増え、町子にとっては有り難い限りである。敢えて、古い建具にコンクリート打ちっぱなしの店内のセンスの良さが、四十路女の心にまた刺さる。と、グラスのビールがそろそろ無くなるというところで、店の扉が開いた。そこに立っていたのは芙由美だった。
ローズピンクのサマーニットに花柄タイトスカート。芙由美らしい出立ちで、つかつかとやってきて隣に立ったかと思ったら、「こらこら。一人を満喫するな」と言い放つ。
「いやあ。芙由美を待ちきれなくて、つい」
「ついじゃないでしょ。この間、まどかと3人で、独身を脱却するぞって宣誓したところじゃない。それじゃ全然、脱却したいように見えないわよ」
芙由美は言いながら、ちゃっかりスパークリングワインを注文する。反対の立場なら、芙由美も絶対、先に呑んでるだろうな、と思いながら、町子はすんでのところでその言葉を飲み込んだ。芙由美様は怒らせると面倒だ。
「焼き茄子? 相変わらず渋いチョイスね」と言いながら、芙由美はブルーチーズといちじくのタルティーヌを注文する。確かにお洒落ではあるけど、そのチョイスもまあまあ渋い、と町子は思った。
正直なところ、町子はそこまで独身が嫌じゃなかった。仕事も充実しているし、独身だからこそ、自分の時間は自由に使える。昔から、花より団子で食道楽。食の好みの合わない男に合わせて、毎回牛丼チェーンやファミリーレストランで食事を済ませるのは嫌だった。かといってこうした立ち飲み屋を馬鹿にしたり、やたらと食材や調理法の蘊蓄を垂れる男も嫌だった。そう言う意味では、町子のおひとり様は、なるべくしてなったとも言える。
すぐにブルーチーズといちじくのタルティーヌが運ばれてきて、芙由美が手に取る。甘酸っぱいいちじくの匂いと、ブルーチーズの癖のある香りが、何とも甘美だ。芙由美がそれをスパークリングワインで楽しむのを見て、町子もスパークリングワインを注文する。
おつまみに注文するのは、お洒落にガーリックバゲット——ではなく、サザエの壺焼き。ぐつぐつと煮える姿にロマンを感じる。そもそもフレンチやイタリアンではエスカルゴを食べるのだから、サザエの壺焼きが合わない訳はなかった。あのワタの苦味がまた堪らない。運ばれてきた大ぶりのサザエを見て、町子はテンションが上がった。
そういえば、今日こうして芙由美と待ち合わせたのはどうしてだったか——
まあ何でもいいか、と思いながら、町子はサザエにかぶりついた。
ここから先は

ヒューマンドラマ×グルメ小説。お腹がすく小説を目指して。不定期更新。現在公開部分無料(最終価格未定)。
この記事が参加している募集
応援宜しくお願いします∩^ω^∩いただいたチップは、資料購入や取材活動などに使わせていただきます☆★☆
