見出し画像

ヒューマンドラマ小説|サンクチュアリが見えたら(1)|島の入り口にて

【この小説は1頁につき、おおよそ3分で読めます】

マガジンTOP

 田舎の古民家シェアハウス『サンクチュアリ』。
 住人は老若男女6人と猫が一匹。

 住人の一人、雨宮あめみや茉莉花まりかは40代シングルマザー。小学生の男の子が一人いる。茉莉花は、ある日サンクチュアリへの帰宅途中で男性と揉めていた50代の元モデルの女性、夏見なつみゆかりをサンクチュアリに誘う。

 茉莉花もまた、そうしてサンクチュアリに迎えられた一人だった——

 茉莉花をサンクチュアリに誘った野路菊のじぎくさくらは、過去に不倫経験のある70代女性。その他、神野じんの宗四郎そうしろうは30代の同性愛者の男性、木南きなみはるかはお金のない現役大学生。

 仕事、恋愛、家族——

 これは、それぞれがそれぞれに、生き方に悩みながらも、少しずつその答えを見つけていく物語。

【この小説は途中から有料になります】

島の入り口にて


「お客さん、乗るんですか? 乗らないんですか?」

 女性の歳は40代前半といった様子か。

「乗ります、乗ります」と言う女性の手を、男性は離さなかった。

 本土へ渡るフェリーの船着場。

 雨宮あめみや茉莉花まりかがそこを通りかかったとき、1時間に1便しかないフェリーが、いつも通り出航しようとしているところだった。

 少しだけいつもと違ったのは、何やらそこで揉めている男女がいること。

 相変わらず、男女は「いい加減にして。離して」と、「頼む。紫、待ってくれ」を繰り返していた。

 フェリーの船員たちは皆一様に困った様子で、その光景を見守っている。船着場に立つ時計が、そろそろ出航であることを知らせていた。



「お客さん、もういい加減にしてください。2人一緒に乗るか、乗らないか、どっちかにしていただかないと——」

 船員が言ったとき、大きく動いたのは茉莉花だった。
 
 茉莉花は自分でも信じられない速さで、その男女に歩み寄り、男性の手から女性の手を奪うと、「紫! 遅いじゃない! 私ずっと待ってたんだから」と強引にその腕を引っ張った。反対に、男性の背をぐいとフェリー側に押す。

「この男性がフェリーに乗るそうです。船を出してください。お願いします!」

 茉莉花の顔には、朗らかな笑みが浮かぶ。茉莉花以外のほとんどの人は、一体そこで何が起こったのか、分からないといった様子で唖然としていた。ただ一人、冷静だった船員が状況を察し、男性をフェリーの中に半ば強引に押し込み、さっさとタラップを外す。

 順に状況を理解した他の船員も、船内から茉莉花に手を振った。その間、わずかに数十秒ほど。

 当の男女はふいをつかれ、まだぽかんとしている。特に、茉莉花の目の前の女性は、何が起こったのか分からないといった様子で、まるで案山子かかしのように、ただそこに立っていた。

「余計なお世話でした?」
「え?」

 茉莉花の言葉に、女性はまだ戸惑った様子で返す。

「あの——」
「ええ、いえ。助かったわ、ありがとう。だけど突然だったものだから、何が何だか。確認だけど、私とあなた、初対面よね?」
「もちろん。初めまして。私、雨宮茉莉花と言います」
「私は夏見なつみゆかり。変なところ見せちゃってごめんなさい。あいつ、先月まで付き合ってた男だったの。勝手にここまで付いてきて、やり直したいってしつこくて困ってたの」
「そんなところかなあと思いました」
「誤解しないでね? 何も私、悪女とかそういうんじゃないのよ。ただ昔からちょっと男運がなくて。あいつも、浮気されたから別れただけなのに、なぜか執着されちゃって。あの調子じゃ、ほとぼり冷めたらまた家まで来そう」

 紫はそう言って、溜め息をついた。

 綺麗にネイルが施された手で、某ハイブランドの鞄から電子タバコを取り出す。その動きは手慣れてしなやかそのものだったが、指先が僅かに震えているのに、茉莉花は気付いていた。

次ページ

【1183文字(あらすじ、その他除く本文のみ)】


 表紙イラスト、作中のイラストは全て、いっぽびとさん提供。
 素敵なイラストをありがとうございますm(__)m✨

ここから先は

0字
2025/09/15現在、全て無料公開中。マガジンを購入される必要はありません。

『サンクチュアリが見えたら』のマガジンです。ほのぼの、ゆるゆる、たまに強く揺れ動く住人たちの心。現在公開部分、全て無料。最終価格未定。

この記事が参加している募集

応援宜しくお願いします∩^ω^∩いただいたチップは、資料購入や取材活動などに使わせていただきます☆★☆