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第71回 カフェ随筆|「AIは『北の国から』を作れないと、2017年の時に思った。そして2026年もそう思ってる。」


朝早く、また長女のすーちゃんに叩き起こされた。

「パパ! 今日はゲームセンターに連れていくって約束したでしょ!」

またかーー
仕方なく、雨の中を連れていくことにした。

ゲームコインを分けたあと、
僕もこっそり数十枚握りしめて、
クレーンゲームのコーナーへ向かった。

しかしここのクレーンゲームは本当に“酷い”。

爪はガタガタ揺れる

底まで降りても掴まない(←これはひど過ぎる)

掴んでも明らかに途中で離す

イライラして、叫びたくなるほど腹が立った。
数分でコインはきれいに消えた。

ふと見ると、娘たちはまだ大量に残していて、
『アイカツ』のカードゲームに夢中。
あの幸せそうな顔を見たら……怒りなんて一瞬で消えた。

今では、あの二人を連れて出かけるのも本当に楽だ。
ちょっと昔の頃は地獄のようだったのに。

厦門に来たばかりの頃——
辺りの環境も不慣れで、
リリちゃんは8ヶ月、すーちゃんは3歳過ぎ。

僕が会社に行っている間、
Mihoはよく二人の娘を連れて買い物に出かけていた。

ひとりで二人の幼い子を連れ出すなんて、
まさに刑罰だった。

最初は、片方の手をつないで、片方をベビーカー
長時間外にいると、すーちゃんが眠くなる→抱っこ+ベビーカー

バスに乗るのも一苦労

ただ、厦門の人たちは席をよく譲ってくれた。
Mihoはその優しさにとても救われたと言っていた。

厦門の街の建設は素晴らしいが、
まだ“バリアフリー”の部分は発展途中。
階段、エレベーター、バスの段差……
小さな子を連れた母親にとっては大変だったと思う。

まして「一人っ子政策」解除で今後もっと子どもが増えるなら、
改善は急務だと感じる。

さて、娘たちのコインも残りわずか。
ようやく帰れる……と思った瞬間。

すーちゃんが“牛を捕まえるゲーム”で、
ものすごい勢いで叩いて叩いて叩いて……
まさかの大量ゲット。

店に戻って熱いお茶を飲みたい僕の願いは、
あっさりと打ち砕かれた。

今日も、静かな一日だった。



宮崎駿監督が、日本アニメ界の巨匠なら、
倉本聰先生は、日本ドラマ界の巨匠だろう。

最初に観た倉本先生の作品は
『北の国から』

東京から北海道・富良野へ移り住んだ父・五郎と、
二人の子ども――純と蛍。

文明から離れた水道も電気もなく、原始的で質素な生活。
そこに暮らす、素朴で、ちょっと気恥ずかしいくらい善良な人々。
そんな人たちに囲まれながら、
心が温まる多くのエピソードが丁寧に描かれていた。

シリーズ放送後、反響はものすごかった。
その後もドラマスペシャルが何度も制作され、
成長していく純と蛍の人生がずっと追いかけられた。

▽登場人物の魅力は圧倒的だ。

不器用で頑固な父

狡猾だけど憎めない純

心優しい蛍

明るく包容力がある雪子叔母さん(胸が確かに大きい)

義理堅い正吉

可愛くて頼もしい草太兄ちゃん
(「'98 時代」の回だけは、
 誰かに先にネタバレをされて、
 悲し過ぎてずっと避けて一度も観ていない)

そして、初々しくて優しいシュウ(こちらも大きい)

倉本作品では「胸の話」がよくネタにされているが、
(僕の完全な憶測↑)
それも含めて人間臭くて愛おしい。

登場人物の一挙手一投足、
表情のわずかな揺らぎ、
カメラの長い“間”、
セリフの余韻、
すべての“呼吸”が優雅で、美しい。

「ドラマって、ここまで繊細に作れるのか」と心底驚いた。

僕は普段ドラマを長く観るのが苦手だ。
だが『北の国から』だけは別。
何十話あろうと、何度でも観られる。

倉本作品はその後も全部追いかけていて、
『風のガーデン』『優しい時間』『拝啓、父上様』
どれも深く心に残っている。

物語というものは、
こんなふうに静かで、ゆっくりで、
骨に染みるように語られてこそ美しい——
そう思わせてくれる作品だ。

今日も、静かな一日だった。



AI(人工知能)の話題になった。(←2017年)

囲碁のトッププロ達を打ち負かしたAlphaGo(アルファ碁)。
あれは圧巻だった。

AI の演算能力と経験値の蓄積は、
これからますます高まり、
人間の“知性”に近づき、
そして“速度と記憶”の面では確実に上回っていく。

AI が人間の仕事を置き換える——
これはもう確実だろう。

工場、建設現場、多くの職種が
20年以内にロボットへと置き換わる。
いま学んでいる学科授業も、
将来どこまで必要だろうか。

それでも僕は、
芸術・文学・感性
これだけはAIには絶対に代替できないと思っている。

AI はどれだけ賢くなっても、
“魂”と“感情”だけは持てない。

たとえば、
大切な娘のために、お母さんが握るおにぎり。

手に少し塩をつけて、
かわいい三角形にぎゅっとして、
パリパリの海苔で包む。

出来上がったおにぎりを
娘の前にそっと置いて、
微笑みながら、食べる様子を見守る。

学校の話をしたり、
家族で一緒に笑ったり。
そこにある“空気”そのものが温かい。

無機質な金属の手で、
AI がこの情景を再現できるとは、
どうしても思えない。

なので『北の国から』のようなドラマも、
AIには絶対に作れないのだ。

今日も、静かな一日だった。



※本稿は、2017年に中国・厦門での日々を記録した随筆の一篇です。



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