短編4「不器用×はじめました」
あらすじ
恋愛に興味がなく、どこか冷めている女子高生・ひなた。ある日の放課後、見知らぬ男子から突然……。
あたしは、恋をしたことがない。
テレビでは毎日飽きもせず安上がりな恋を叩き売りしているけど、そのどれもが自分ごととは思えなかった。純愛小説では恋の心構えを教えてくれるし、映画では壮大なスケールの恋愛が繰り広げられている。友達にも彼氏・彼女のいる子なんてたくさんいるし、相談を受けることもよくある。
つまるところ、恋なんて世の中にたくさん転がっているもんなのだ。それがあたしの結論。
けど、なんとなく——現実感がないというか、いま一つ自分がその舞台に立つというのが想像できない。ピンと来ないってゆーのかなー、こういうの。
「……なた、ひなた!」
あ、なんか呼ばれてる。でも答えるのも面倒くさい。
あたしは教室の机につっぷして両手を伸ばしたまま、「んー」と言葉なのか呻きなのか、よく分からない声をあげた。肩口で揃えたショートカットが、頬に張り付いてくすぐったい。
放課後の教室は、雑然としていた。部活や生徒会に向かう人はすでに教室におらず、楽しい無駄話に明け暮れるのは帰宅部の人だけ。帰って宿題しろなんていうツッコミはさておき、あたしは貴重な青春の浪費を謳歌していた、というわけだ。
「ひなたってば! 寝てんの?」
あたしの親友・真由がカールがかった長い髪をふわふわと揺らしながら、あたしの脇腹をくすぐり始める。
「ぶひゃひゃ、ちょっ」
「どうしたの? いつもに増してポケーッとして」
心配とからかい半分で、少し見上げたあたしの顔を真由は覗きこんできた。
「なにそれ。まるでいつもポケーッとしているみたいじゃん」
「違うの?」
「……違わない」
あたしはわざと大袈裟に両手を広げると、席を立って机の横にかけた肩掛け鞄を掴む。安革だけど自分のお小遣いで買った、愛着のある一品。
「どうしたの?」
「んー、なんか眠いし帰る」
あたしはマイナス印象を与えないよう精一杯の笑顔で真由に微笑みかけながら、ぶっきらぼうにそう言った。
「うん? 待ってよ、じゃあ私も」
真由も言うが早いか鞄を引っ掴むと、クラスメイトたちに手を振って、あたしたちは教室を後にした。
あたしは家から一番近い高校に入学していて、電車で四駅の道のりを飽きもせずに毎日通っている。一年生の時に真由と同じクラスになって、最寄り駅が同じだってことを知ってから、あたしたちは毎日一緒に登下校するようになった。
「そういえばさ、昨日のテレビ見た? ホラ、なんかひなたが前に見たいって言ってた映画やってたじゃん」
「あれ、そうなんだ。昨日はまったくテレビつけてないんだよね」
最寄り駅で電車を降りてから、改札を出てすぐの所でなんとなく立ち話。これもすでに日課だ。
「ほんと、ひなたは執着しないというか、覚めてるというか。あんなに見たいって言ってたじゃん!」
「だっけ? ごめん、あたし全然覚えてない」
あたしは頭をかきながらとぼけた顔で言う。実際まったく覚えてなかったし悪気があるわけでもないから、そうするしかないし。すでに会話にも身が入っておらず、あたしは五メートルほど向こうのショーケースに映る、自分の姿を見つめている。
……時々、『女の子らしさってなんだろうなー』と、不意に思う時がある。
あたしは、短い髪に太めの眉。瞳は小さめ、鼻も低め。化粧はナチュラルに軽く、ファンデーションを乗せて眉毛を整えるぐらい。ボディラインは別に豊満なわけじゃないし、むしろ骨太で脂肪が少ないので『なんか運動やってんの?』とよく言われる。
そして、よくあるブラウスとチェックのプリーツスカートの制服は、あたしの姿を群衆に溶け込ませる。みんながそうしているからスカートの丈をつめたりはしてるけど、それは女らしさとはまた違うと思う。
こういったものの全てが、自分を女らしさや恋愛から遠ざけているような気もしないまでもないけど、そのためになにかをするっていうのが——要するに。
面倒なのだ、あたしは。
「……なの。ねえ、ひなた。私の話、聞いてる?」
「え? あ、うん。まったく聞いてなかった」
「ちょっとー!」
あたしが素で言うと、真由は大袈裟に言って両手を振り上げる。あたしは両手で顔をガードしながら、『参った参った、ごめん』と笑いながら言う。それに真由は口でぷんぷん言いながらそっぽを向いて、ふくれてみせるのだ。
真由は、結論から言うとモテる。女の子らしい髪型に少し甘えん坊。ふっくらとした頬は女のあたしでも吸い付きたくなる。そりゃあ、モテて当然だ。
「あのう、すいません」
不意にかけられた男性の声に、あたしは何気なく振り向いた。真由も警戒しながらそちらに視線を向ける。
そこに立っていたのは、一人の男の子だった。
男の子、と言うと語弊があるかもしれない。でもあたしには、自分より年下に見えた。
学校と最寄り駅を結ぶその先にある、男子校の制服は毎日見かけている。それを身を纏う彼は幼さの残った顔で、肌も白い。ちゃんと化粧したら女の子に見えるんじゃないか、と思わせるほどだ。
とにかく彼は、その白い顔を赤くして、震える両手を差し出す。その手に持っているのは、白い封筒。
それはつまり——。
「あー、ハイハイ。ホラ、真由」
あたしは言いながら真由の方を向いて肩を掴むとぐいと引っ張ってやり、入れ替わるように後ろへまわった。他校生から告白されるなんて、真由にとっては日常茶飯事のことだ。
「あ、あのっ、違うんです」
彼は明らかに慌てた声をあげると、わたわたと両手をばたつかせて不自然な動きを見せる。真由もあたしもそれを不思議そうに見守ってから、二人して顔を見合わせた。
「あのっ、僕っその……っ」
彼は頬まで赤くしながら両手に持った手紙を差し出すのは……あたし。あたしに手紙を差し出したのだ。
「……」
あたしはその手を見つめて、それから彼の顔を見て、もう一度手紙を見る。
真由に視線を向けても反応してくれず、あたしはまた彼に視線を戻す。
それから、
「えっ……ええぇぇぇっ!?」
と、まるで肺の中の空気を強引かつ豪快に全部吐き出したような、不自然な喚き声をあげていた。
「……で、あなたはひなたに手紙を渡したいのね?」
真由の不思議そうな声に、正面に座る童顔の彼は、こくこくと何度も頷いた。まるで木の実を頬張るリスのような動きである。
「はい。……ひなたさん、ていうんですね。僕、森脇 実です。『実りの秋』の、みのり」
言って実は手を伸ばすと、テーブルの上のカップを手に取った。熱かったらしく顔をしかめつつ慌てて指を離す。
ひなたが落ち着いてから、三人は近くの喫茶店に入っていた。せっかくだから落ち着いて話した方がいいと真由が提案し、ひなたと実を連れ込んだのだった。この辺りの手際の良さは、恋愛慣れしている真由ならではである。
「……」
しかし、当のひなたはぽかんとしたまま、口から魂が漏れたように背もたれに体重を預けたまま、動く気配を見せない。会話も聞いてはいるが覚えているのかは微妙だ。
「……だめだ、こりゃ」
真由がため息混じりに呟く。もうそれ以上になにも言えないという様子で。
「いえ、いいんです。こうして自己紹介できただけでも……」
実は両手を顔の前でばたつかせながら、大袈裟に謙遜してみせる。彼のアクションはいちいち激しく、『ちょこまか』と形容するのがしっくりくる。
「いいの? あなただって本当は、ひなたと付き合ったり、他にも色々したいんでしょ?」
真由が身も蓋も無いことを言うと、実は真っ赤になって硬直してしまった。真由はそれに小さなため息をつく。
「……まあ、まとめると。ひなたは手紙を読んでから、ちゃんと返事すること。それでいい?」
「……ぅ、ふぁい」
それにひなたが、飛び起きた寝起きのような声で答える。真由はそれに満足そうに頷くと、
「みのりちゃんもそれでいいよね?」
と、期待する答えが明確な質問を、振り返りつつ投げる。
「あ、はい。もちろんです」
実はびくりと身を震わせながら、驚いて飛び上がりそうな表情で答えた。
「分かった。じゃあこれで解散」
真由の声に、ひなたと実が小さな声で答えた。
なぜか、椅子の上に正座。
ひなたはパジャマ代わりのTシャツとハーフパンツで頭にタオルを巻いたまま、いやに厳格な顔で机の上の手紙を見つめている。
「それでは」
ぱしぃ、と眼前で拝むように両手を合わせてから、ひなたは手紙に手を伸ばした。
白にほんのり薄いピンクがかった、横向きのシンプルな封筒。封は外からなにもしていない。糊で留められたそれをゆっくりと剥がしていくと、中からは同じようなデザインの紙が現れる。
「……まるで女の子みたいだ、みのりちゃんは」
気恥ずかしさから逃れるためか自分を落ち着かせるためか、ひなたは呟きながら手紙をゆっくり開いた。これまた期待を裏切らない、丸っこく穏やかな筆跡が姿を現す。
「……よしっ」
覚悟を口にしてから、ひなたは本文を読み始めた——。
『はじめまして。僕は森脇 実といいます。よく言われるんですが、「みのる」ではなく「みのり」です。
女の子みたいな名前だと子供の頃はよくからかわれましたが、いまはこの優しい名前が好きだったりします。
僕の話ばかりですいません、なぜあなたにこの手紙を渡したのか、それを話さなくてはいけませんね。
確か初めて見かけたのは三ヶ月ほど前。駅のホームで友達と話しているあなたを見て、それから気づくと目で追うようになっていました。一ヶ月ほど前、喫茶店で泣いている友達を励ましている姿がとても凛々しく見えました』
「一ヶ月前——」
ひなたは手紙から目線を上に外して、ふと考え込む。
——そうだ確か、真由が彼氏と別れた時。毎回フラれるたびにそうなんだけど、真由は泣いて暴れてすっきりして立ち直るタイプ。あたしはそういう時、恋の話はよく分からないけど、とにかく励ましていた。その光景を、彼は見ていたのか——。
『それからです、自分の気持ちに気づいたのは。この想いを伝えたくて、どうしようもなくて。
だから、思い切って手紙を書きました。まだお互いになにも話していないけれど、これからいろいろと話をしたいです。
もし良ければいろいろと話をしませんか。日常のこと、勉強のこと、家庭のこと。少しずつでいいから分かり合っていけたらいいな、と思っています。
前向きに考えてくれたら嬉しいです。
森脇 実』
はあぁぁ、とひなたの口から大きな吐息が漏れた。
それは本人も意識せず出たもので、水に潜っていた後の呼吸のようで、体温で充分に暖められており、体内の水分を含んでしっとりと潤んでいる。そんな吐息だった。
どくん、どくん。自分の心臓の音が耳元で聞こえる気がする。顔が赤くなって、いまにも爆発しそうだと錯覚する。
ひなたは、自分の体に起こっている変化を理解できなかった。ただ息苦しく、体全体が発熱し、全身が鉛のように重く。それでいて気分が高揚して、いまにも叫びながら走り出して、それでも発散できないような活力。
——あたしは、この感覚の意味を知らない。どうすればこうなるのかも、どうすれば落ち着けるのかも、知らない。
「——」
ひなたは言葉にできない感覚にとらわれ、動けなくなって、ただ悪戯に時が過ぎるのを待つ。忘れた頃にすうぅぅ、と大きく息を吐いて、今度は大きく吸う。
「……なんだろう、この感じ」
深呼吸は冷静さを呼び寄せる儀式だったようで、ひなたは静かに独りごちた。それから右掌をそっと、左胸に当ててみる。
どくん、どくん。
心臓が頑張っている。本人もよく分かっていない状況なのに、体は全てを知っているんだなあ……と、ひなたは呆けたままでなんとなく考えていた。
「森脇君、かあ」
机に頬杖をつきながら、ひなたは彼の名を呼んだ。一度しか会ったことがなく、特に好意を抱いたわけでもなかったのに、記憶の中で描かれる彼は少し特別に描かれている気がする。
「……明日は、会ったら挨拶してみよう」
もう一度独りごちて、ひなたはそっと瞳を閉じた。
——もしかしたら、今夜は彼が夢に出てくるかもしれない。そして今日見たようにどこか頼りなくておどおどしていて。それにあたしはいつものように普通に話しかけるんだ。
でもきっと、あたしはそのことを目覚めたら忘れてしまっていて、真由に話そうとしても思い出せないはず。
新しい『なにか』の始まりって、そんなもの。
——それじゃ、だめかな?
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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