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短編54「私をみつけて欲しかった」

あらすじ

加奈は人々に『隠れ家』を紹介しながら、本当の自分を見つけてほしいと願うインフルエンサー。訪れた古書店で、誰にも見つけてもらえない一冊の本と出会う。

 私は、私をみつけて欲しかった。

 子どものとき、学校のみんなでかくれんぼをした。
 本当はうまく隠れて生き残るルールなのに、私は誰かにみつけて欲しかったのだ。

 私、土田 加奈つちだ かなは、KANAXかなっくすというハンドルネームで、SNSという巨大な遊び場で『隠れ家』についての発信をし続けている。
 数え切れない数万人のフォロワーから『いいね』という声援をもらっても、私の心の中ではずっと、子どものときと同じ感情が燻っている。数多くのフォロワーを得ても、どれだけ称賛されても、私の中にある気持ちは変わらない。

 まだ、私はみつかっていない。

 ある日、私はひとつの『隠れ家本屋』の情報を聞いた。都市伝説みたいなもので、都内から少し離れた場所に不思議な本屋があるという噂が耳に入ったのだ。
 地図アプリで探しても見つからない。Webサイトも見つからない。その本屋は本当に存在しているのだろうか?

 だが逆に、その存在を突き止めたくなって、見つけたくなってしまう。
 私は余暇を利用して、その本屋を探した。

 繁華街を抜けて、住宅街を抜けて、町並みが少し寂れ始めたなと思ったとき。その建物が姿を表した。
 入口の上には『The Hidden Pages(ザ ヒドゥン ページズ)』と書かれた看板が掲げられている。どうやら、おおっぴらに公開や宣伝をするつもりがない店名だな、と加奈は思った。
 図書館を思わせるような大理石の柱が目立つ、2階建ての建物。緑色のツタが全体に絡み合っている。1階の門戸は開かれており、立ち入るものを拒まないようだった。
 現実感のない佇まいに、加奈は建物を見上げて立ち尽くしていた。

(……入ったら、帰って来れるのかな……?)
 加奈はそんなことを思いながらも、勇気を出して店内に入る。
「いらっしゃい」
 細身の老紳士が、白いワイシャツにスラックスを履いて、エプロンをかけた姿で店内の床にモップをかけていた。

 店内を見上げると、大量の本。中は吹き抜けとなっており、壁際の階段から2階の本棚の前に上がれるようだった。
「……コーヒー、いるかい?」
 老紳士が、加奈の近くにあるテーブルを促しながら、聞いた。しゃがれた声はどこか安心感があり、加奈は少しだけ落ち着きを取り戻す。
「はい。お願いします」
「毎度あり」
 彼は微笑んで去っていく。それから加奈は店内をぐるりと見回して、席についた。
 この古書店は、SNSの眩しい光とは無縁の、静寂と、古い紙の匂いに満ちていた。店主は、私の華やかなハンドルネームやフォロワー数などは一切知らず、ただ黙々と本を整理している。

 ……蔵書の量が凄い。まずなにを手に取るか迷うほどで、加奈はどうしたらいいか分からない。
 とりあえず。テーブルに鞄を降ろして、コーヒーを待つ。それまでは本棚を眺めていよう。
「おまちどうさま」
 しばらくして老紳士が湯気のあがるコーヒーを持ってきてくれる。加奈はそれに口をつけて、一口飲む。暖かい喉越しと豆の香り。胃と心の中を満たしてくれた。

 世界から遮断されたような場所に、加奈は魅了され始めていた。革製の表紙に金属製の装飾や留め具を施した古い本や、木製の表紙と裏表紙に挟まれた本。ここにある本は、どれも不思議だ。
 まるで、ずっと誰かにみつけて欲しかったのではないかと、加奈は思い始めていた。

 私は、そのことに不思議な安堵を覚えた。そして、何かに引き寄せられるように、私が心の奥底に隠していた感情や過去の記憶と共鳴する、一冊の本を見つける。それは、埃をかぶり、表紙が少し破れた、誰にも読まれたことのないような本。

 『見えざる精霊の手』という本だった。
 誰にも気づかれることなく人々の生活に寄り添う手の物語。精霊の手は、落ちたハンカチを拾ったり、落下した食器を受け止めたりと、人々の生活をサポートしている。
 この物語の面白いところは、精霊は自分をみつけて欲しいとは思っていないことだった。『見つけてもらう必要はない』と考えて、表舞台に出ることはせず、ただ住人を助けている。
 加奈は、少し考えこんでしまった。少し読んだだけでも得られる満足感。なにかが腑に落ちた気がしていた。

 私はずっと、誰かにみつけてほしかった。

 でも、それは『いいね』の数やフォロワーを得ることとは、少し違う。
 この『みつけてもらえないこと』が、不思議な安堵感を与えてくれるのだ。

「その本、気に入ったかい?」
 老紳士が微笑みながら声をかけてくる。
「あ、はい。……でもこれ、高い本ですよね……?」
 加奈が素直な不安を口にする。老紳士はさらに微笑んで、
「そうだなあ。この店の本は珍しいものが多い。でも、本は読んでくれなければ意味がないから、誰かに買ってもらいたいと思っている」
 と、首を傾げて考えながら続けた。
「お嬢ちゃん。この本、いくらぐらいだと思う?」
「……1万円……とか……?」
 加奈は思ったままの金額を言う。古書と呼ばれる装丁だったし、きっと高級品だと思ったのだ。
「質問を変えよう。いくらなら、買ってもいいと思う?」
「ううん……3千円……とか……?」
 恐る恐る金額を言うと、老紳士は少し考えるような素振りを見せる。でもそれは思案というより、例えばゲームで次の手をどう打つか考えているような、そんな楽しさを感じさせる表情だった。
「じゃ、3千円でいいよ。それでどう?」
「はい! 買います」
 言って加奈はお金を取り出すと、老紳士に渡した。
「毎度あり。あ、コーヒー代は飲んでからでいいからね」

 それから加奈はソファに座って、本を読みふけっていた。
 見えざる精霊の物語は魅力的だった。引き込まれていく。気づけば、外はすっかり暗くなってしまっていた。
「その本は、君にとって大切な一冊になるだろうね。またおいで」
 老紳士はそう言って、加奈の背中を見送ってくれた。

 私は、みつけてしまった。

 それから加奈のSNSは発信の目的が変わった。
 彼女自身が本当に見つけたいもの、誰かに見つけて欲しいと思うものを紹介するようになったのだ。

 ……そうだ。
 私が本当に探していたのは、「みつけてくれる誰か」なんかじゃなかった。
 私が「みつけたい」ものだったのだ。

 きっと、これからも私はあの本屋に通う。
 そして、私自身の感性で「みつけてほしい」と言っているなにかを探し続けるのだろう。


注記
この物語は筆者の想像に基づいたフィクションであり、登場する人物、団体、および物語上の設定はすべて架空のものです。作中に登場する名称などは物語を彩るための舞台装置として用いており、現実の出来事や人物とは関係がありません。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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