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短編34「文字への真摯な向き合い方」

あらすじ

熊谷は、文字について真摯でありたい。だが、書いた記事がバズったところSNSで批判的なコメントを目にして、自らの「真摯さ」を問い直すことになる。

 私は、文字に対しては常に真摯でありたい。
 ただ、前向きに、真剣に、全てをかけて、正面から向き合う。

 それだけが、全てだった。

「熊谷ちゃん、こないだの記事良かったよ」
 編集長のデスクに呼び出されて、なにを言われるのかと思ったら、まさかのお褒めの言葉だった。
 頭の上に「?」マークが出ているだろう私は、そのまま編集長の言葉を聞く。
「ページビューも相当伸びてる。先月公開した記事の中で、ランキングの3位争いをしてるほど、読まれている」

 私の頭上の「?」が増えて、「???」になった。
「あの、編集長……なにが起こってるんですか?」
「それはわからん。ただ、熊谷ちゃんの書いた記事が、受け入れられてバズってる。SNSでもじゃんじゃん拡散されている。そういうことだ」
 編集長は嬉しそうに言って、デスクの上で指先を重ねていた。

 定時を終えて帰宅する。たまには、ということで自分を労うために、珍しく缶ビールなど買ってきてしまった。
 ぷしゅ。かんぱい。
 自分、お疲れ。
 ごくり、とビールを一口飲むと、心地よい炭酸の喉越しと苦みが駆け抜けていく。私は、ぷはぁ、と息を吐いた。

 私はいま、生活系のWebメディアで記事の執筆をしている。
 記事を書くだけではなく、より多くの人に読まれて届くように、検索エンジンにより好まれるように記事を書く。それが私の毎日だった。
 より多くの人の心に届くように記事を書いているつもりだけど、それが結果として出るのは嬉しい。今日は心地よく眠れそうだと、私はリビングのソファに寝転がる。
 それから、カバンの中から、何度も読み返してページがよれた、愛読書であるカフカの『変身』を取り出して、広げた。

 少し酔った頭で読み耽る。
 ああ、私は、文学というものが大好きなのだ。読み続けたいのだ。

 しばらく日常の読書に耽ってから、思い出したようにスマートフォンを取り上げる。メッセージアプリを眺めて、SNSを眺めて、特に目的のない行動を続ける。

 ふと、自分の書いた記事を見ようと思った。
 記事を開くと、3桁を超える大量の「LIKE!」と、たくさんのコメントが並んでいる。
「本当に読まれてるんだ……?」
 私はあまり実感がなかったけど、見ていたら、なんとなく実感し始めていた。
 さすがにコメントは全部見れる量じゃない。私は画面をスクロールしながら掻い摘んで読んでみることにした。

「感動しました」
「いまの私に寄り添ってくれる記事でした」
「いつも良い記事をありがとうございます」

 そういった肯定的な意見でコメント欄は埋め尽くされていた。
(……私の記事、本当に刺さっているんだな……)
 私はぼんやりと考えて、スクロールを続けていた。

「SEO施策でバズっただけ。中身のない薄っぺらい文章」

 めくる指が止まる。
 鋭く刺さるナイフのような、コメント。
 口の中で弾けるビールの泡が虚しさへと変わっていって、喉の奥に流れ込んでいく。

「……」
 私は、真摯に文字と向き合ってきたつもりだ。
 でも。
 それは、本当にそうだったんだろうか。
 もしかして、読まれる記事を書くために、真摯であるフリをしていたのだろうか。

「違う」
 私は呟いて、スマートフォンを置いた。
 どうして、こんなにも心がざわつくのだろう。どうして、私は動揺しているんだろう。

(……)

 私は、言われるまでもない。その理由は、正直分かっている。
 要は、私の奥底にある不安を、言い当てられていたからだ。

 私はビールを飲み干し、空になった缶をぐしゃっと握りつぶす。

 ……うん、このままじゃいけない。
 私は、自分の文章というか、自分自身と。
 もう一度、真摯に向き合わなければならないのだ。

 翌朝、いつも通りに出社する。デスクに座って、はあ、と思わずため息が漏れた。
「おっ、熊谷ちゃん。どうしたの、元気ないね? あの記事、このままいくと月間一位になるかもしれない。すごいね」
 編集長が言うのに私は、はい、と曖昧な言葉を返す。彼の言葉は私の耳に入ってはいるのだけど、心には届いていない。そんな感覚を覚えていた。
 メモアプリを開いて、記事のネタをまとめたファイルを開く。だけど、私の気持ちはここにないような。そんな気がしていた。

 ……私の愛する文学は、感情や情景を繊細に書き出すことで人の心を揺さぶる。
 それと同時に、SEO施策で検索エンジンやAIも揺さぶる。

(……待って?)

 私は素直な疑問で指を止めた。
 文学を愛する私と、SEOライターの私。
 同じ人間なのに、向かう方向性は少し違う。でも、両立することがおかしいわけじゃない。

 私の文章が、真摯さに欠けていたのではないかもしれない。
 文学的な美しさがなかったわけでもない。

「ただ……」

 私の記事を読んで、生活のヒントを得た誰か、心が軽くなった誰かの顔を、私は想像したことがあっただろうか?
 私は、ちゃんと読んでくれる人の方を、見れていたのだろうか?
 ページビューを気にするあまり、数字を意識しすぎるあまり、なにかを置き忘れてしまっていたのだろうか?

「ちがう……」

 誰に言うまでもなく、私は独りごちた。
 読んでくれる人の悩みを受け止めたり、知りたい情報を提供したり。そういったことで心を動かされる瞬間が生まれる。それは、私が求める真摯さと同じくらい大切なことじゃないだろうか。

「よし!」

 私はディスプレイに向き合うと、画面に向き合った。

 今度は、自分の中のなにかを捨てたりはしない。
 ただ、読者の心に寄り添うために書くのだ。

 私は、自分の内なる声に従い、読者の心に寄り添う、その両方を叶える文章を、これから書いていく。そう心に誓った。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。

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