短編33「太陽は、自分の価値を決めない」
あらすじ
美術部の先輩が、ある日突然消えた。僕たちは戸惑いながらも、彼の作品に込められた真意を紐解いていくうちに、自分たちの「輝き」を見出していく。
「俺の価値や個性なんてものはな、」
アキラ先輩は、美術部の部室でカンバスに向き合いながら、僕たちに笑顔で言っていた。
パレットにアクリル水彩のディープイエローをチューブからひねり出しながら。
いつも日常会話で突拍子もないことを言い出すアキラ先輩は、どこか掴めない印象だったが、いつも面白い内容を語っていた。
「きっと、俺の作品を見た誰かが勝手に決めてくれるものなんだよ」
いつも通りの先輩の言葉に、僕――ヒロヤと、同じく部員のノゾミは笑った。いつも通りの楽しい部活動、そんな光景だった。
だが土日を挟んだ3日後、僕たちは予想外の出来事に出会う。
アキラ先輩は、メッセージアプリに「海外に行く」とだけ残して、消えた。
部室にヒロヤとノゾミが座っていた。木製の丸椅子に座って向き合いながら、真剣な顔をしている。
「先輩、いったいどういうつもりなんだ……?」
ヒロヤが口を開くと、ノゾミは困惑した顔を左右に振る。ヒロヤの顔は血の気が引いていて、少し青白く見えていた。
……あれは確か、入学してすぐ。新人勧誘のパフォーマンスで、校門近くでライブペインティングを披露していたのがアキラ先輩だった。
彼の筆は、柔らかい。しっとりと優しく、筆でカンバスを撫でる。そこから生まれる広い世界。
コバルトブルーの海と、プルシャンブルーの夜空。その光景を上書きするように、バーミリオンとディープイエローで日の出の太陽が描かれていく。太陽は、誰かのために輝くことを選んだりしない。ただ、そこに在るだけで世界を明るく照らす。
その光景に、僕はすっかり魅了されていた。
「先輩のことだから、なにか意味があるのかも……?」
ノゾミが思いついたことを口にすると、ヒロヤは「それだ」と言う。
「きっと先輩は、なにか僕たちにメッセージを残しているんじゃないか?」
「ああ……確かに、そういうことやりそうな人……」
失笑するノゾミに、ヒロヤは続ける。
「アキラ先輩の作品を、改めて見てみよう」
部室には彼の作品がたくさん残されている。数え切れないスケッチブックやカンバスを掘り出してきて、並べた。
「……アキラ先輩のいいとこって、人の存在しない広い世界を描くことなんだよね」
ノゾミが並べられたカンバスを前に、素直な気持ちを表した。
並べられたカンバスは、広い世界や空、無限に広がる宇宙など、壮大な世界観を持つ作品ばかりだった。それらはどれも、吸い込まれそうな深さと、どこまでも行けるような壮大さ。そういったものが表現されていた。
「そうなんだよ、俺が先輩に惹かれたのはそれが理由。でも……」
ヒロヤは言いながら、スケッチブックを広げて見せる。そこに鉛筆で書かれたデッサンやスケッチは、人物が存在している。苦悩する人、悩みに頭を抱える人。悩みを抱える人物像が多かった。
「先輩は、一体なにを抱えて、考えていたんだろうね……?」
「……正直、僕にも分からない」
ノゾミの言葉に、ヒロヤは静かに答えた。
それからしばらくして。
「ヒロヤ!」
ノゾミが部室に駆け込んでくる。カンバスに向かっていたヒロヤは、予想外の状況に言葉を返せなくなっていた。
「絵葉書! アキラ先輩から!」
それにヒロヤは思わず立ち上がり、ノゾミの手からそれをひったくった。
美術部宛てに届いた1枚の絵葉書。そこには、建物の壁に絵を描いているアキラ先輩の姿が映されていた。
「これ……オーストラリア?」
ヒロヤが呟くのに、ノゾミも頷く。
「私……なにかで見たことある。たぶん、メルボルンのホージア・レーンじゃないかな」
2人は驚いた顔を合わせて、それから笑ってしまった。
なんというか――彼らしい。
「しかもほら、これ見てよ……」
ノゾミが笑いを押し殺しながら、写真に走り書きされた手書きのメッセージを指差す。
『俺は前に歩いてる。お前たちは?』
「先輩らしいや!」
ヒロヤは笑いを止められなくなっている。
アキラ先輩らしい。らしすぎる。それ以上の言葉が見つからないのだ。
「あはは、あはは……だめ、もう笑いが止まらない」
ノゾミが大笑いしながら、なんとか声を絞り出す。
「あっはっは……もう、先輩らしいとか言いようがない」
ヒロヤも大笑いして、なんとか呼吸を整えようとするが、笑いは止まらない。
「あはは……でもさ、先輩、なんか頑張ってるんだなあ」
少し落ち着いたらしいノゾミが、呟いた。
「……私も、頑張らないとなあ」
「ノゾミは、どうする?」
不意にヒロヤが問うのにノゾミは頷いて、
「いま描いている1枚を、ちゃんと満足のいくように仕上げたい。ヒロヤは?」
と、彼に問い返す。
「そうだな、僕は……次の公募に応募する作品、仕上げたい」
ヒロヤがそう言うのに、ノゾミが頷く。2人とも真剣な目つきで、遠い未来を見据えているかのようだった。
「ねえ、ヒロヤ。先輩が言ってたこと、少し分かった気がする」
「何が?」
「私たちが先輩の作品を見て頑張ろうって思えたように、私たちの個性も、きっと誰かが見つけて輝かせてくれるんだよ」
ヒロヤは頷いて、笑う。
「……ほんと僕たちは、素晴らしい先輩を持ったね」
ヒロヤがそう言うのに、ノゾミが笑う。
それから2人はしばらく、笑い続けていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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また次の作品でお会いできることを楽しみにしております。
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