老後資金で「自由のベースキャンプ」をつくる話
老後のお金の話になると、たいてい「足りるか足りないか」の数字ばかりが並びます。
でも私が老後資金でかなえたいのは、「とにかく長生きしても困らないこと」だけではありません。
私にはひとつ、どうしてもゆずりたくないわがままがあります。
58歳くらいからの数年、平日だけ別宅を借りて「絶対的なひとり時間」を確保することです。
子ども4人分の教育費と、日々の暮らしと、老後の備えを守ったうえで、
それでもなお、この平日別宅を老後プランに組み込めるように、逆算して仕組みを作りました。
今日は、その「わがまま込みの老後設計図」の中身を書いてみます。
子ども4人分の教育費をどう分けたか
まず最初に考えたのは、当然だけれど教育費でした。
子どもが4人いると、「とにかく教育費を崩さない」というのが大前提になります。
私がやったのは、教育費の役割分担です。
学資保険
現金(普通預金など)
NISA
この三つに、ざっくりと役割を分けてお金を置いていきました。
「学資保険」は、いわば最低限の“保険付き貯金”として。
「現金」は、急な支出や進路変更があっても対応できるように。
「NISA」は、少し長い目で見ながら増やしておきたい分として。
それに加えて、
多子軽減
高等教育の修学支援新制度
などで、授業料が軽くなる可能性があることも最初から織り込んでいます。
実際に軽くなった分は「ラッキーなおまけ」ではなく、下の子の教育費や家計の余白にスライドするつもりで見ています。
「もらえたらうれしいけど、なくても計画は回る」くらいで考えておくと、制度に振り回されすぎずに済みます。
生活防衛と“万が一”のカード
教育費とは別に、生活防衛資金もきちんと分けて積み上げています。
生活防衛資金は、急な収入減や病気のときに、しばらく生活を守るためのお金。
相場が荒れたときに「現金100万円を追加で出す」ための枠も、最初から頭に入れておく
という二重構造です。
一般的には、生活防衛資金は生活費の数か月〜1年分と言われることが多いですが、
私はそこに加えて「投資が荒れたときに、慌てて売らずに済むための現金100万円」というカードも別枠で意識しています。
教育費と、日々の暮らしと、生活防衛。
ここまでをある程度形にできたからこそ、次のステップとして「老後」と「自分の時間」のことを考えられるようになりました。
私が「月15万円」を自分の老後枠に決めた理由
私が「自分のお金だけでまかなう老後の生活費」としてイメージしているのは、月15万円くらいです。
内訳はこうです。
自分の年金:月7万円くらい
自分の運用資産の取り崩し:月8万円くらい
合計:月15万円
この15万円の中に
ふだんの生活費
将来の「平日別宅」の家賃+光熱費(8万円)
もまとめて含めています。
一人暮らしの老後生活費は、持ち家なら月15万円前後でも可能というデータがあります。
なので私は、そのレンジの中で「自分の老後の最低ライン」として月15万円を押さえておきたいと考えました。
パートナー側には、年金だけで同じくらいの額がある想定なので、ふたり分を足せばもう少しゆとりは出ます。
でも、私はそこを「当てにするお金」としては数えないようにしています。
あくまで、
自分側だけでも月15万円は用意しておく。
パートナー側のお金は「あったらうれしいプラスアルファ」。
という感覚で見ておきたいのです。
別宅の意味づけは「自由のベースキャンプ」
私にとって別宅は、「自由のベースキャンプ」です。
何かを達成するための作業場でもなければ、自己啓発のための修行の場でもありません。
好きな時間に起きて
好きな時間に寝て
好きなタイミングで帰宅して
誰の顔色も見ず、予定も合わせず、自分のペースだけで過ごす。
そんなふうに、「徹底的に何にも縛られない自分」に戻るためのベースキャンプです。
今もある程度は自分のペースで動けているけれど、家族がいる家の中で「完全に自分のリズムだけ」で過ごすのは、現実的にはほとんど不可能です。
だからこそ、物理的に別の拠点が必要になる。
私はその「絶対的なひとり時間」を、58〜65歳くらいの、まだ自分の足でよく動ける時期に集中して取りに行くつもりでいます。
パナソニックの「ひとり時間」の実態調査では、「自分で自由に決めて、自分のために使うひとりの時間」が人生の満足度に大きく影響しているという結果が出ています。
私にとっての平日別宅は、まさにその「自分で決めて、自分のために使う時間」のための場所です。
やりたいことが“ない”からこそ価値がある
私の平日別宅には、「これを成し遂げたい」という大きな目標はありません。
むしろ、やりたいことが“ない”からこそ価値がある時間だと思っています。
特に何がしたいわけでもない。
何かを産まなきゃいけない時間ではなく、
誰にも評価されなくていい時間。
生産性とか意味とかをいったん全部横に置いて、
「ただ過ごしていていい時間」。
こんなふうに時間を扱う発想は、若い頃の私にはほとんどありませんでした。
教育費を守り、家計を守り、老後の土台もつくってきたからこそ、ようやく自分に許せる空白なのだと思います。
私の平日別宅は、「何かをするため」ではなく、
ここまで積み上げてきたもののうえでようやく手に入れた、
「何もしなくていいひとり時間」の居場所です。
老後資金は、「生活を守るためのお金」であると同時に、
「自分らしい時間をちゃんと買うためのお金」でもあるはずです。
子ども4人分の教育費と、日々の家計と、老後の土台をできる限り守ったうえで、
その先の一部を「自由のベースキャンプ」のために使う。
そのわがままを、私はこれからも静かに守っていきたいと思っています。
仕組みの全体図と数字の中身は、こちらの老後noteにまとめています。
