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『バチカンで見つけた「阿吽の呼吸」?二つのペトロ像と泥臭い門番たちの秘密』

先日、訪れたバチカンのサンピエトロ大聖堂。

世界中から巡礼者や観光客が集まるカトリックの総本山ですが、ここに立つ「聖人たちの像」をじっくり観察したことはあるでしょうか?

実は彼らのポーズをよく見ていくと、美術書には書かれていないような、人間臭くて、必死で、ドラマチックな「大人の事情」が見えてくるのです。

今回は、バチカンをめぐるちょっと意外な、「視覚の仕掛け」についてお話しします。

広場に立つ、西洋版の「仁王さま」

サンピエトロ広場に足を踏み入れると、大聖堂の手前で私たちを迎えてくれる、二体の大きな大理石像があります。

向かって左に立つのが、初代教皇の聖ペトロ。
右に立つのが、最強の伝道師・聖パウロです。

このお二人、じっくり見るとかなり「強気」な姿勢。

聖ペトロ:右手に「天国の鍵」をがっしり握りしめ、前(世界)をビシッと指さしています。

そして、左手にはスクロール(福音書の巻物)と、全部持ち。

その表情はどこか険しく、「目を覚ましなさい、正しい道はこちらですよ!」と言わんばかりの必死感。


聖パウロ:右手にこれまた巨大な「剣」を地面に突き立て、左手には分厚い書物を抱えて、外敵を鋭く睨みつけています。

この構図、何かに似ていると思いませんか?

そう、日本の寺院の門前で「ここから先へは一歩も通さん!」と目を光らせている、あの「仁王像(金剛力士像)」です。

西洋の洗練された大理石をまとってはいますが、左右で阿吽の呼吸を合わせながら聖域を守るその姿は、まさにバチカン版の仁王さま。

なぜ、これほどまでに力強いアピールが必要だったのでしょうか。

「右肩下がり」の大ピンチが生んだ、新時代のポーズ

実は、この広場の二尊が作られたのは1840年代のこと。

当時のカトリック教会は、歴史上まれに見る「超・右肩下がり」の大逆風の中にいました。

ヨーロッパに近代化の波が押し寄せ、人々のキリスト教離れが進み、政治的にも領土を奪われそうになっていたバチカン。

文字通り、絶体絶命のピンチを迎えていたのです。
窮地に立たされた当時の教皇庁は考えました。

「このままでは世界から忘れ去られてしまう。今こそ、目に見える形で我々の底力と正統性を示さなければ!」

あのペトロの「前を指さす必死な指先」も、パウロの「巨大な剣」も、

すべては「私たちは絶対に引かない!」という、当時のバチカンが放った精一杯の強気なメッセージ(プロパガンダ)だったのです。

人間らしいほどの防衛本能が、あのドラマチックなポーズを生み出したのだと思うと、なんだか急に親近感が湧いてきませんか?

聖堂の奥に眠る、もう一つの「優しいペトロ」

そんな広場の「必死な仁王像」を通り抜けて、大聖堂のさらに奥、最も神聖なエリアへと進むと、もう一つの有名な青銅のペトロ座像に出会うことができます。

こちらは13世紀(中世)に作られた、遥かに古い歴史を持つ像です。

広場の像とは打って変わって、彼は静かに腰掛け、鍵だけを左手に持ち、何も持たない右手は前ではなく、「天」を指さしています。

この指先は、戦うためでも、誰かを説得するためでもありません。

伝統的な「祝福」のジェスチャーであり、「あなたの祈りを天に届けましょう」という、神と人間を繋ぐ優しい仲介者の姿そのものです。

教会の権力が絶頂へと向かっていた中世の時代。

ここでは誰かを威嚇する必要も、必死に自己主張する必要もありませんでした。

だからこそ、訪れる巡礼者をただ静かに、大きな愛で包み込むような佇まいをしているのです。

時代を映す鏡としての、聖人たち

聖堂の奥(13世紀):天を指さし、静かに神の祝福を与える、大らかなペトロ。

広場(19世紀):鍵を握りしめ、前を指さして世界に挑む、必死な新時代のペトロとパウロ。

時代の変化に翻弄されながらも、大切なものを守ろうとした人間の歴史が、持っているアイテムや指先の角度ひとつにここまでリアルに刻まれている。

政治的な領土は失ったバチカンですが、その後に「精神的な世界のトップ」として奇跡のV字回復を遂げたのは、歴史が証明している通りです。

もし、いつかサンピエトロ広場を訪れる機会があったなら、ぜひ彼らの手元に注目してみてください。

「あの時の大見得、大成功だったね」なんて、左右の仁王さまたちが、今ではちょっと誇らしげに、私たちを見下ろしているかもしれません。

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【ペトロのオマケ】


聖ペトロの持っているのは何の鍵?


これは、イエスがペトロに与えたとされる有名な言葉に由来します。

「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける」
(マタイ福音書16章19節)

このため、聖ペトロは、キリスト教美術では「鍵を持つ人物」として描かれます。

そして、「金の鍵」と「銀の鍵」の二本一組で表されます。

* 金の鍵:天の権威・霊的権能
* 銀の鍵:地上での教会の権威・赦し

これは後に、ローマ教皇庁の交差した金銀二本の鍵の紋章にも引き継がれています。

【ペトロの身の上話】

「岩の男」になった、ある漁師の物語

記事の本編で「広場のペトロ像の必死感」についてお話ししましたが、最後に、なぜ彼がそこまで必死に、そして命がけでバチカンの丘に立つことになったのか、彼の「身の上話」を少しだけ。

実は「ペトロ」というのは本名ではありません。

彼の生まれ持った名前は**「シモン」**。
ガリラヤ湖という地方の湖で、毎日泥にまみれて魚を追っていた、ごく普通の、どちらかといえばおっちょこちょいで熱血漢の「漁師」でした。

そんな彼がイエス・キリストに出会い、弟子になります。

イエスは彼の素朴でまっすぐな信仰心を見抜き、ある時こう言いました。

「お前はシモンだが、これからは『ペトロ(岩)』と名乗りなさい。私はこの岩の上に、私の教会を建てよう」

キリスト直々に「わがチームの土台になっておくれ!」と大抜擢されたわけです。

これが、彼が「初代教皇」と呼ばれるようになる始まりでした。

3度逃げて、3度赦された男

ところが、このシモン・ペトロ、決して完璧ではありませんでした。

イエスが敵に捕まったあの運命の夜、恐怖に負けた彼は、

「あの人なんて知らない」と
3回も嘘をついて、仲間を置いて逃げ出してしまったのです。

師を裏切ってしまった消えない罪悪感。絶望の中で、彼はまた地元の漁師へと逆戻りしてしまいます。

しかし、復活したキリストは、落ちぶれた彼の前に再び現れました。

責めるためではなく、ただこう問いかけるために。

「シモン、あなたは私を愛しているか?」

キリストはこの問いを3回繰り返しました。

ペトロが胸を締め付けられながら「愛しています」と悲しみとともに答えるたびに、キリストはこう告げたのです。

「私の羊(迷える人々)を飼いなさい」

「知らない」と裏切った3回の罪を、
「愛しています」という3回の告白で、キリストは綺麗に上書きして帳消しにしました。

そして、「一度弱さを知ったお前だからこそ、人の痛みがわかる優しいリーダーになれる」と、全幅の信頼を寄せたのです。

(※大聖堂の一番奥にある「聖ペトロの椅子」のレリーフには、まさにこの『羊を飼いなさい』と言われるシーンが刻まれています。)

最後の「伏線回収」

その後、覚悟を決めたペトロは世界の中心であるローマへと渡り、命がけで教えを広めました。

しかし、暴君ネロによる大弾圧に巻き込まれ、現在のバチカン市国がある「バチカンの丘」で処刑されることになります。

十字架にかけられる間際、彼はローマの兵士たちにこう願い出ました。

「偉大な師と同じ形で死ぬなど、私には恐れ多すぎる。どうか、私を逆さまに吊るしてくれ」

かつて一度、怖くて逃げ出してしまった、あの「漁師のシモン」としての最大の後悔。

だからこそ最期は、もう二度と裏切らないという「岩(ペトロ)」としての執念と愛を込めて、彼は頭を下にした**「逆さ十字架」**を受け入れ、バチカンの地で息を引き取ったのです。

完璧な聖人なんかじゃない。

間違えて、逃げて、それでも赦されて、不器用なまでに愛を貫き通した一人の男。

そう知ってからもう一度、広場に立つ大理石のペトロ像を見てみてください。

右手にガチガチに握りしめられた「鍵」と、前を指さすあの指先。

あれは、単なる教会の権威自慢なんかではなく、**「あの時、僕を信じて鍵を託してくれたイエス様との約束を、私は命にかえても守り抜くんだ」**という、元漁師シモンの、時を越えた魂の「伏線回収」の姿なのかもしれません。

ここで書くはずだった鍵の話。やっと果たせました!


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