姫路城と大和郡山城、豊臣兄弟が触れた二つの神
姫山には、もともと神がいた

姫路城が建つ姫山には、築城よりずっと前から、地主神が祀られていた。
刑部大神(おさかべのかみ)、そして富姫(とみひめ)神。「姫山」という名前自体が、富姫の館があったことに由来する、という伝承が中世末から近世にかけての書物に記されている。城が建つ前、この山にはすでに刑部社・角ノ社・富姫ノ社など、複数の社が鎮座していた。
秀吉が姫路城を築く際、この刑部大神の社を城下の外れへ遷した、と伝えられている。そして地元の伝承では、これこそが姫路城にまつわる怪異――のちに広く知られる「お菊井戸」や妖怪譚――の起こりだとされている。
地主神を追い払って城を建てれば、神は祟る。

これは決して私の創作した仮説ではない。姫路の地に、すでに江戸時代から語り継がれてきた土地の論理そのものである。
鎮魂で、祟りを鎮めた城
ここで、姫路城が他の城と決定的に違う展開を見せる。
秀吉の後、姫路城主となった池田輝政の代に、城内の鬼門(北東)にあえて八天堂を建て、刑部大神をあらためて勧請したのである。これは、追い払った神を、今度は城の守り神として正式に迎え直す行為だった。
つまり姫路城は、
秀吉の代に、地主神を追い出し(=祟りの発生)
池田輝政の代に、鬼門にその神を迎え直し、鎮めた(=アフターケア)
という、二段階の物語を持つ城なのである。

第1話・第2話で見てきた熊本城・安土城・福知山城は、いずれも「上書きしたまま、鎮魂の機会を持てずに終わった」パターンだった。姫路城は違う。上書きの報いを受けたのは秀吉個人(のちに触れる)だが、城そのものは、後継者の手によって、きちんと神と和解している。
そして事実、姫路城は明治の廃城令や戦災(空襲で城下は焼けたが、天守は奇跡的に焼け残った)を免れ、現存12天守の中でも随一の状態で、今も建ち続けている。
ここまでが、兄・秀吉が触れた神の話である。
弟・秀長が築いた城には、また別の神が眠っていた。
弟・秀長の城には、神社ごと石を積んだ
秀吉の弟、豊臣秀長が築いた大和郡山城は、姫路城とはまったく違う理由で、転用石の代名詞のような城になった。
大和国は、そもそも良質な石材が採れない地層だった。100万石にふさわしい城を急ぎ整備するにあたり、秀長は奈良中の寺院の庭石・礎石・五輪塔・石地蔵を、根こそぎ接収するという手段に出る。
集められた転用石は、城内全体で1000個を超えると推計されている。中には、興福寺から運ばれたとみられる石材や、平城京羅城門の礎石までもが含まれていた。
象徴的なのが「逆さ地蔵」。大永3年(1523)の銘を持つ石造地蔵菩薩が、彫られてからおよそ60年後、頭を下にした状態で天守台の石垣に埋め込まれている。信仰の対象だった地蔵を、あえて向きを違えて積み込む――これは単なる石材不足の解決策というより、古い権威への意図的な処し方だったのではないか、とも語られている。

興福寺は、中世を通じて大和一国に強い影響力を持ち続けた、屈指の寺社勢力だった。その石材を奪い、城の土台に埋め込むという行為には、豊臣政権による大和の宗教勢力への睨みを利かせる、政治的な意味合いがあったとする見方もある。
兄弟の、対照的な最期
秀吉は、天下統一を成し遂げたのち病死した。死後まもなく、関ヶ原の戦いを経て豊臣家は滅亡へと向かう。
秀長もまた、病死である。1591年、大和郡山城の完成から間もなく世を去った。跡を継いだ養子の秀保も、わずか4年後に亡くなっている。

姫路城が「上書き→鎮魂」という二段階を経て今も建ち続けているのに対し、大和郡山城を築いた秀長の家系は、後継者を失い、絶えてしまった。
面白いのは、姫路城という建物自体は生き残った、という点である。秀吉個人は病に倒れ、豊臣家は滅んだが、姫山の神は池田輝政によって鎮められ、城はその後も存続し続けた。
土地との和解と、そこに立った人間の運命は、必ずしも一致しない。
福知山城の光秀のケースと同様、ここでもまた、単純な「上書き=即報い」という図式には収まりきらない複雑さが見えてくる。むしろ、城という建造物の寿命と、それを築いた個人・一族の寿命は、別々の因果で動いている、と考えたほうが正確なのかもしれない。
次回への問い
ここまで4つの城を見てきて、一つの構図が見えてきた。

鎮魂を行った姫路城だけが、建物として生き延びている。
次回は、この「鎮魂」を、
より徹底したかたちで行った家――徳川家康の江戸城・駿府城、
そして前田利家の金沢城を辿る。
彼らは、なぜ「呑まれず」に済んだのか。
※本稿は、姫路市立歴史博物館の解説記録、郡山城史跡・柳沢文庫保存会等の資料をもとに、史実と考察を分けて記述しています。「地主神の祟り」「鎮魂による城の存続」という因果関係は、あくまで伝承と仮説に基づくものであり、実証された歴史学的結論ではありません。
