ウソ800が教えてくれたこと。
「娘ちゃん、ウソ800というドラえもんの道具知ってる?」
「知ってるよ」
娘は本棚からすぐに漫画を取り出して、見せてくれた。ああ、この話か。すごいな、娘。
「きのころさんは、この道具が推しなんだって」
「へえー。きのころさんも推しとかあるのか」
娘(8歳)は、きのころさんの創るキャラクターや漫画や歌の大ファンで、我が家では日常的に会話に出てくる。もちろん、夫のいない場所限定で。noteのことは、娘と二人だけの秘密だからね。
先日、きのころさんのこちらの記事を読ませていただきました。
嬉しいことに、我が家の親子でのドラえもんの会話の記事から、きのころさんの想像も広がっていったらしい。
ウソ800は、薬を飲んでしゃべったことが、すべてウソになる道具である。
なるほど。魅力的。
魅力的だけど……使いこなせない自信がある。
毎回、反対のことを言わなきゃならないのは、なかなか大変だ。
美味しくないご飯が食べたい。
仕事しても、収入がない。
明日は、良いことが何もない。
……使い方、合ってる?
読み進めていくうちに、ウソ800がただの便利な道具として選ばれているわけではないことに気づいた。
言葉によって現実が変わる道具だからこそ、最後には「自分の言葉とどう向き合うか」という話になっていた。
きのころさんが書かれていた一言が、頭に残っている。
「世界の方が、私に合わせてくれているのか。」
現実では、
世界が自分に合わせてくれているわけではない。
だからこそ、自分の受け取り方が大切なのだと思う。
私は以前、出来事に意味を持たせることについて記事を書いたことがある。
重たい荷物に意味をつけていくことで、少しずつ楽になっていった。
でも。
もし、ウソ800があれば、その時に戻り、重たい荷物をなかったことにしたいか。
自分に聞いてみる。
答えは、いいえ。
私は、今在るこの世界を心から大切に思っているし、これからも続いてほしいと願っている。
なかったことにしたい出来事は、良いことも悪いことも含めて、ひとつもない。
それらがあるからこそ、今、目の前の世界があると思っている。
「世界の見え方くらいなら。少し変えられる。」
重たい荷物も、見え方が変われば、軽くなるのかもしれない。
あるいは、重さはそのままで、箱の色だけが変わるのかもしれない。
私は、いつだって「今」が好きだから、
タイムマシンには乗らず、のび太くんの机の引き出しの中を、ただ眺めている。
どこにも行かずに、時間の流れを見ている。
世界の見え方も、その流れの中で、たゆたっているのかもしれない。
いつか、時間の流れの中で、色の変わった箱を見つけるかもしれない。
そのとき、見え方が変わり、意味が変わり、世界の解釈が変わる気がする。
自分でそう決めつけた言葉くらいなら。
薬を飲まなくても。
いつか、自分でウソにできる。
スタートは違うのに、ゴールは近いところにある気がする。
*
「娘ちゃん、ウソ800があったら、どんなウソをつきたい?」
「お父さんとお母さんが、不健康で長生きしませんように、かな」
もっと、ワガママになってくれても良いのだけどな。いつも自分のことより、他者のことを願うから切なくなっちゃう。
でも。
ウソ800、いいね。
当たり前を、当たり前と思わないための道具。
日常に散りばめられている幸せを、ひとつひとつ確かめていくための道具。
本当の願いを見つけるための道具。
そんなふうに、思った。
さて、お母さんはどう使うかな。
やっぱり、使えないかな。間違えて言ってしまいそう。
それに、言霊を信じているから。
「娘ちゃんが、笑顔で健康で過ごせますように」
ふふふ。
娘ちゃん、一緒だね。
以前、きのころさんの作品から想像が広がり、親子で一つの物語を作ったことがあります。
そのとき、二次創作として、こちらの記事を出しました。
娘もファンレター書きました。
大好きな『ドラえもん』から、
思いがけず、今の自分につながる文章が生まれました。
こういうことがあるから、書くって面白いですね。
きのころさんが書いてくださることで、
親子の会話と想像と、「今」が、さらに広がっていきます。
noteって、面白いですね。
