【徒然日記】タイパやコスパからは得られないもの
今日は、大きな共通理解についての話。
ようやく情報を解禁できるタイミングを迎え、退職すること、そしてこれからの身の置き方について、公に発表できました。
定年退職ではないこともあり、大きな驚きをもって受け止められましたが、私の感覚では、限りなく温かく受け取っていただけたように思います。
多くの方から感謝の言葉をいただき、「自分が仕事を頑張ってきた意味は、こういうところにあったのだ」と、あらためて感じました。
この場を借りて、改めて感謝を…。こちらこそありがとうの気持ちです。
さて、いま社会ではあちこちで「働き方改革」が進んでいます。
長時間労働の是正や、多様な生き方に応える環境づくりという点で、とても大切な流れだと感じています。
その方向性は、きっと間違っていない。
けれど同時に、これまで時間やコストをかけて守られてきたもの——それぞれの仕事の奥にあった、名前のつきにくい大切な何か——が、あまりにも急いで手放されてはいないか、と感じることがあります。
社会が個人に「甘えて」いたから成立していたもの。
それがほどけたとき、かえって人と人とのあいだに小さな溝が生まれたり、変わりきれないまま取り残されてしまう場面もあるのではないか、そんなことをふと思うのです。
いまは、そうした揺らぎの途中にいるのだと思います。
だからこそ私は、この時期にこそあえて「コスパ」や「タイパ」に少しだけ目を瞑り、変わっていく過程そのものに、丁寧に向き合う時間を持ちたいと感じています。
それぞれの意思を持ち寄り、納得のいく形にたどり着くための対話を、丁寧に重ねていくこと。
そうした対話は、ときに煩わしく、結論が変わらないまま終わることもあるでしょう。徒労に感じる瞬間も、きっと少なくありません。
けれど、私たちが持っている資源は限られています。
人も、お金も、時間も——すべて有限です。
だからこそ、どこかで折り合いをつけるための「過程」が必要なのだと思うのです。
その過程を飛び越えて、「みんなで頑張ろう」とか「仲良くしよう」と言葉だけを重ねても、それは表面をなぞるだけのものになってしまう気がして。
そうした状態では、誰かにとって都合のよい「正しさ」だけが残り、結局は「仕方がない」と飲み込む人が負担を背負い続けることになります。
それは、本質的な意味での「働き方改革」ではないのではないか——そんな違和感があります。
もしかすると、社会の大きな構造の中で、簡単には変えられないことなのかもしれません。
それでも。
「コスパ」や「タイパ」では測れない、私とあなたと、そしてみんなのあいだに生まれる理解を、少しずつでも積み重ねていけたら。
そんな理想を手放せないまま、私は新しい場所へと踏み出します。
ほんの少しでも、世界がやわらかい方向へ進んでいくことを願いながら。
その一助になれたらという想いを胸に、「喫茶それなり」の開店準備を進めています。
「お店に行きたい」と言ってくれる人がいることの喜びを、静かに噛み締めながら。
足元の小さなオアシスに、水をためていきます。
※ 別のお話
固定記事を【サイトマップ】に変更しました。長い間、固定記事に置いていた「カウンセラーでもない僕の相談記」は、一端、メンバーシップ限定記事にしまわせていただきました。
ホーム画面では文字数が足りないことと、今後、リメイク版を執筆する可能性も視野にいれて、ちょっとだけ奥の本棚にしまわせてもらいます。ご了承ください。
メンバーシップでは、毎日詩を一篇、喫茶それなりの灯りの下からお届けしています。もれなく作品を読みたい方は、珈琲を飲みに来るつもりで是非。
~追記~
記事の中でご紹介いただきました!ありがとうございます…!
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