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ないものは作る 外伝1「越境——これは、僕の仕事なのだろうか」

これは、僕の仕事なのだろうか。

その問いを、僕は何度も自分に投げかけた。答えはいつも出ない。出ないまま、手は動いている。

事の発端は、VASECの要求事項だった。情報セキュリティの認証なのに、その中に事業継続計画——BCPの策定と、その訓練が含まれている。災害や大規模障害が起きても、事業を止めない、あるいは速やかに復旧させるための計画だ。

理屈はわかる。情報資産を守るというのは、サイバー攻撃から守ることだけではない。地震で工場が潰れても、データが守られ、業務が継続できなければ意味がない。だからBCPはセキュリティの一部だ。理屈は、わかる。

でも、その理屈に従って手を動かしていると、僕はいつも同じ問いにぶつかる。

これは、セキュリティ担当者の僕がやる仕事なのだろうか。

ハザードマップを広げ、避難経路を引き、避難訓練の指揮を執る。本来なら、総務か、防災担当か、施設管理の人間がやることのはずだ。でも、BCPがVASECの要求事項に入っている以上、認証を一人で回している僕のところに、全部が落ちてくる。

気づけば僕は、情報セキュリティの専門家のはずなのに、ダムの決壊と災害廃棄物の処理について調べている。


BCPの策定そのものには、この年、初めてコンサルを入れた。事業継続計画は、さすがに専門知識が必要な領域だ。災害の想定、被害の評価、復旧の優先順位。素人が一から作れるものではない。

ただし、コンサルが入ったのは北条工場——本社に近い、僕のいる拠点だけだった。コンサルが作った成果物は立派だった。フレームワークがあり、テンプレートがあり、考え方の筋道が通っていた。

問題は、その先だ。

コンサルが作ったのは「北条工場のBCP」と、横展開のための「型」だった。その型を、南陽工場、日向工場——それぞれの土地に合わせて作り込むのは、僕の仕事だった。

土地が違えば、災害が違う。海の近くと、山の近くでは、想定すべきものがまるで違う。コンサルの型をそのまま貼り付けても、その土地のBCPにはならない。各拠点のハザードマップを読み込み、その土地固有のリスクを洗い出し、避難計画に落とし込む。

「コンサルから学べるものは学ぶ。でも依存はしない」。いつもの僕のやり方だ。学んだら、自分のものにする。自分のものにしたら、自分で展開する。

そう、自分で展開する。だから、各拠点のBCPを、僕が一人で作り込むことになった。


北条工場のBCPは、比較的すんなり進んだ。

この土地の最大のリスクは、地震と津波だった。沿岸でマグニチュード七級の地震が想定されている。行政が出している被害想定もある。何人が被害に遭い、何人が避難を余儀なくされ、停電や断水が何日続くか。数値が揃っていた。

一つだけ、ぞっとしたことがある。

津波だ。試しにAIに、地震発生から津波到達までの時間を解析させてみた。返ってきた答えは、津波警報が出るより前に、津波が到達する可能性がある、というものだった。

警報が間に合わない。

仕組みを作っても、自然がそれを追い越す。セキュリティの仕事で何度も味わってきた感覚が、ここにもあった。アラートが鳴る前に、もう汚染は広がっている。警報が出る前に、もう波が来ている。

だから北条工場の避難は、分散避難にした。一箇所に集まるのではなく、複数の安全な高所に分かれて逃げる。避難先までは徒歩で片道二十分ほど。車は使わない。道路が寸断されたり、渋滞したりすれば、車はかえって命取りになる。歩いて、高いところへ。それが、警報を追い越してくる波に対する、唯一の答えだった。

ここまでは、まだよかった。数値があり、想定があり、答えが見えた。


南陽工場のBCPは、北条とは事情が違った。コンサルは入っていない。北条にしか来ていないからだ。南陽の分は、最初から最後まで、自分で作るしかなかった。

南陽工場は、山の上にあった。

ここで僕が頼ったのが、国土地理院の地図だった。標高や高低差が色分けで表示される、あの地図だ。工場の場所を指定して、海抜が何メートルかを読む。周囲との高低差を見る。水が来るとしたら、どの高さまで来るのか。

読んでみて、安心した。南陽工場は、十分に高い場所にあった。津波も、洪水も、ここまでは届かない。土地そのものが持つリスクが、もともと小さかった。

標高地図を読む、という手法を、僕はこの南陽で覚えた。ハザードマップは行政が「危ない」と判断した場所を塗ってくれる。でも、塗られていない場所が安全とは限らない。塗る基準から漏れたリスクは、自分で標高を読んで、水の動きを想像するしかない。

南陽では、その手法が「安全」という答えを出した。読んでよかった、と思った。安心の根拠を、人任せではなく、自分の目で確かめられた。

同じ手法を、僕は日向工場に当てることになる。

そして、同じ手法が、正反対の答えを出すことになる。


問題は、日向工場だった。


日向工場は、丘の上にあった。

その情報だけを聞けば、楽そうに思える。水害には強いはずだ。津波も来ない。洪水も届かない。高いところにあるというのは、災害に対して有利な条件のはずだ。

僕も、最初はそう思った。

でも、BCPを作るなら、思い込みで進めるわけにはいかない。南陽で覚えた手法を、ここでも使う。事実を、自分の目で確認する。

工場の上流側に、ダムがあった。

ダムがあること自体は、誰でも知っている。地元の人間なら、その存在は当たり前の風景だ。僕も、地図を見ればそこにダムがあることくらい、すぐにわかった。

問題は、そこではなかった。

そのダムが決壊した時、水がどういうルートで、どこへ流れるのか。そして、日向工場がそのルート上にあるのかどうか。それを、誰も考えていなかった。

僕は、国土地理院の標高地図を開いた。南陽でやったのと同じ手法だ。ダムの位置を起点にして、そこから水が流れ落ちるとしたら、高い方から低い方へ、どの谷筋を通り、どの低地に溜まるのか。標高の色分けを、一段ずつ追っていく。

水は、正直だ。必ず低い方へ流れる。

ダムから流れ落ちた水の経路を、標高に沿って追っていくと——その先に、日向工場があった。

丘の上のはずの工場が、ダムから見れば、流下ルートの途中の低所に当たっていた。

確かめるために、僕は現地へ足を運んだ。ダム湖のほとりには、整備された公園があった。湖畔の遊歩道を歩いて、自分の目で水の量を見た。広大な水面が、見上げるような高さに広がっている。この水のすべてが、決壊すれば低い方へ流れ落ちる。湖の縁に立って下を見ると、工場のある方角は、確かに低かった。標高地図が示した通りだった。

丘の上だから安全、ではなかった。丘の上にあるからこそ、そのさらに上のダムから流れ落ちる水の、通り道にあった。安全だと思っていた高さが、もっと高い場所に湛えられた水の、下流だった。

「ここは安全」という前提を、地図の色分けと、湖畔の三十分の散歩が、ひっくり返した。

セキュリティの仕事と、同じだった。データは、誰の前にも開かれている。標高地図も、ハザードマップも、公開されていて、誰でも見られる。でも、それを自分の工場に当てはめて、水の流れを最後まで追う人間がいない。誰も読まないログと同じだ。読めば、そこに答えが書いてある。読まないから、気づかない。


ダムだけではなかった。

被害想定の数値を集めていて、奇妙なことに気づいた。北条や南陽の想定には、経済的損失の数値があった。被害額がいくら、復旧にいくら。ところが日向の想定には、人的被害の数値——何人が被害に遭い、何人が避難するか——はあるのに、経済的損失の数値だけが、すっぽり抜けていた。

数値がない。その空白が、不気味だった。

なぜないのか。算出されていないだけなのか。それとも、算出できないほどの何かがあるのか。

僕は、その空白を自分で埋めにいくことにした。AIを使って、この地域で大規模地震が起きた場合の経済的損失と、復旧までの期間を試算させた。

返ってきた数値を見て、僕はしばらく言葉を失った。

巨額だった。そして、復旧までの期間が、年という単位で、とんでもない数字になっていた。

なぜこんな数字になるのか。理由をAIに分解させて、ようやくわかった。

日向市の直下には、鷺羽山断層帯という活断層が走っている。市の西を南北に貫く、低い山並みの下だ。この断層が震源になった場合、被害は単独では終わらない。連鎖する。

まず、強い揺れで、あのダムが決壊する。市内が水に浸かる。同時に、この土地は揺れに弱い地盤で、液状化が起きる。道路が波打ち、寸断される。揺れそのものも大きく、家屋の多くが倒壊する。

水没と、液状化と、倒壊。三つが同時に来る。

そして、その先に、誰も語らないボトルネックがあった。

災害廃棄物だ。

倒壊した大量の家屋。それが瓦礫になる。膨大な量の廃棄物が、市内に積み上がる。ところが、道路が液状化で寸断されているから、運び出せない。一つの市の中だけでは、とても処理しきれない。広域で——周辺の自治体や、もっと広い範囲で連携して処理しなければ、復興そのものが始められない。

瓦礫が片付かなければ、人も物も動けない。拠点が機能を取り戻すどころの話ではない。

普通の人なら、「家が壊れる」で想像が止まる。でも、事業を継続させる立場で考えると、その先まで読まなければならない。壊れた後、どうやって元に戻すのか。戻すための道は通っているのか。瓦礫を運ぶ先はあるのか。

僕は、誰も見ていなかった空白を埋めにいって、誰も語らなかったボトルネックに行き着いていた。


ここまで来て、僕は一つ、確認しておきたいことができた。

ダムに異常があった時、あるいは決壊の恐れが出た時、その情報はどういう経路で、どのくらいの速さで、この工場に届くのか。

いくら避難計画を作っても、「危ない」という情報が届かなければ、逃げるタイミングがわからない。アラートのないセキュリティシステムと同じだ。検知できなければ、対応できない。

僕は、市に直接問い合わせた。

セキュリティ担当者が、行政の防災部局に電話をかけて、ダムの通知経路を尋ねている。これは、僕の仕事なのだろうか——その問いはもう、頭の隅に追いやって、受話器を握っていた。

回答は、来た。きちんと、丁寧に。通知の経路も、流れも、教えてくれた。

ただ、その回答の最後に、思いがけない言葉がついていた。

有事の際には、御社とも連携させていただけませんか——と。

市の側から、連携の打診が来たのだ。

これは、さすがに僕の一存で決められることではなかった。一企業の拠点が、行政と災害時連携の協定を結ぶ。そういう話は、現地の責任者の判断だ。話を上げた結果、その打診は、現地責任者の判断で、丁重にお断りすることになった。

その判断の是非は、僕にはわからない。連携した方がよかったのかもしれないし、リスクが大きすぎたのかもしれない。

ただ、お断りの連絡を入れながら、僕の頭には、別の疑問が浮かんでいた。

これだけのリスクがある土地だ。ダム、断層、液状化。市は、当然それを把握している。把握した上で——この土地を、企業に売ったのだろうか。

知っていて、売ったのか。知らずに、売ったのか。

どちらにしても、今この土地で働いている人たちは、そんなことを知らない。丘の上は安全だと思って、毎日通勤して、仕事をしている。


僕は、日向工場のことを、ずっと厄介な拠点だと思ってきた。

ランサムウェアの発信元になり、手順を守らず、個人情報を流出させ、契約の概念を理解していなかった。何度も飛んでいって、尻拭いをしてきた。「また日向か」と、何度ため息をついたかわからない。

でも、ハザードマップを読み込んで、土地の宿命を知ってしまった後では、少しだけ、見え方が変わった。

この土地で働く人たちは、自分たちが何の上に立っているのかを知らない。ダムの下流で、断層の上で、液状化する地盤の上で、ただ普通に働いている。彼らがだらしないのではなく——いや、だらしないところは確かにあるのだが——それ以前に、彼らは、この土地に背負わされたリスクの大きさを、誰からも知らされていない。

知らされていないものを、守れるはずがない。

僕が作ったのは、その「知らされていないリスク」を可視化し、せめて備えるための計画だった。

避難方式は、北条とは正反対になった。日向工場は、垂直避難。

水平に逃げることが、できないからだ。ダムが決壊し、道路が液状化で寸断されれば、外に逃げる道がない。逃げ場が、横にはない。だから、上へ逃げる。建物の上の階へ、垂直に。それが、この土地で生き延びるための、唯一の答えだった。

北条は「外へ、高いところへ」逃げる。日向は「外に逃げ場がなく、上へ」逃げるしかない。

同じ会社の、同じBCPの型から始まって、避難の形が正反対になる。土地が、避難の形そのものを決めていた。計画は、一律ではありえない。土地ごとに、その土地にないものを、作るしかない。


そして、審査の前の週。

BCPは「作る」だけでは要求事項を満たさない。「訓練する」ことまでが求められている。避難訓練を、実施しなければならなかった。

北条工場では、全社を巻き込んだ避難訓練をやった。企画も、指揮も、当日の記録も、全部僕がやった。何百人を、計画通りに動かす。いつもは一人で静かにモニターに向かっている人間が、その日は拡声器を持って、人の流れを捌いている。これも、僕の仕事なのだろうか、と思いながら。

避難先は複数に分かれている。僕は、その中で一番遠い避難先まで、自分の足で歩いた。一番遠いということは、一番時間がかかり、一番危険が多いルートだ。実際に歩いて、所要時間を計り、危険箇所を記録する。机上で引いた経路が、現実に歩けるものなのかを確かめる。

歩きながら、社員たちの動きを記録していった。そして、ため息が出た。

交通法規を、守らない。

あれだけ事前に「訓練中も交通法規を遵守してください」とお願いしていた。歩道を歩いてください、横断歩道を渡ってください、と。それなのに、歩道があるのに車道の端を歩く者がいる。横断歩道のないところを、平然と横切る者がいる。

避難訓練だ。災害から命を守るための訓練だ。その訓練で、交通事故に遭ったら、本末転倒もいいところだ。しかも、全社員が参加していて、嫌でも目立つ状況なのに、それでもやる。

僕はもう、その場で大声を上げて注意する気力もなかった。ただ、記録に留めた。誰がどこで何をしたか。後で、淡々と指導に使う。

手順はある。事前の周知もした。それでも、人は手順の通りに動かない。

ランサムウェアの時、日向工場の誰かがメールの添付ファイルを開いた。BCC誤送信の時、現場が手順書を読まなかった。そして避難訓練で、社員が横断歩道を渡らない。

全部、同じ根っこだ。仕組みを作っても、教育をしても、最後は人の行動に行き着く。そして人は、いつも、こちらの想定の少し外を歩く。

諦めた、わけではない。ただ、何度も同じ壁にぶつかっていると、感情が摩耗してくる。怒りも、もう湧かない。ただ記録して、また仕組みを見直す。それだけだ。

直前ながら、南陽工場と日向工場でも訓練を実施した。

南陽工場は、ドタバタだった。訓練そのものより、訓練の記録——実施したという証拠の書類が、まるで整わない。何度催促しても、フォーマットが埋まらない。直前になっても固まらなかった。後で聞いた話では、審査員に記録を見せる段になって、ようやく慌てて固めていたらしい。審査員の前で固まる、というのは、字面の通りでもあり、比喩でもあった。

日向工場は、対照的だった。

何も、聞いてこなかった。

避難訓練について、質問も、相談も、確認も、ほとんど来なかった。作らなければならないエビデンスはこれだと伝えた。それきりだった。

普通なら、ありがたい話だ。手がかからない。でも、僕はかえって不安になった。心配になるくらいの、静けさだった。あれだけ手のかかる拠点が、急に何も言ってこない。準備ができているから静かなのか、それとも、何も準備していないから静かなのか。

正直、僕はもう、追いかけるのをやめていた。

エビデンスの作り方は伝えた。やるかやらないかは、現場の責任だ。やらずに不適合を受けるなら、受ければいい。それは日向工場が引き受けるべき結果だ。

僕は、突き放した。

何度も尻拭いをしてきた人間が、初めて、手を離した。全部を自分で抱え込むのをやめた。これは、慰留の時に手にした発言権の、別の使い方だったのかもしれない。「これはあなたたちの責任です」と、はっきり線を引く。越えなくていい境界は、越えない。

——とはいえ、ダムも断層も液状化も、全部自分で調べてしまった僕が言えた義理ではないのだが。


審査が終わった。

日向工場の避難訓練について、致命的な指摘はつかなかった。突き放した結果がどう転ぶか、正直わからなかったが、最低限のところは、彼らも自分たちでやっていたらしい。

ほっとした、というより、複雑だった。

僕がやるべきだったのか、突き放してよかったのか。線を引いたことは正しかったのか。答えは、出ない。

審査が終わった後、僕は北条工場の机で、宮野のマグカップにコーヒーを注いで、ぼんやりと考えていた。

この一年、僕は何の仕事をしていたんだろう。

情報セキュリティの認証を維持するために、暗号化サーバーを建て、学習サイトを作り、入退館の仕組みを作り、プロジェクトの分類システムを作った。そこまでは、まだセキュリティの延長だと言い張れる。

でも、ハザードマップを読み込み、ダム湖を見つけ、災害廃棄物の処理経路を調べ、市役所に電話をかけ、避難訓練の指揮を執った。これは、どこからどう見ても、セキュリティ担当者の仕事ではない。

役割の境界を、僕は何度も越えていた。インフラの仕事も、法務の仕事も、防災の仕事も。やる人がいないから、気づいた人がやる。そして、気づくのはいつも、認証を一人で回している僕だった。気づいてしまえば、見なかったことにはできない。見なかったことにできない性分が、僕を境界の向こうへ、何度も連れていく。

これは、僕の仕事なのだろうか。

何度問うても、答えは出ない。

ただ、一つだけ、確かなことがある。僕が標高地図を追わなければ、あのダムの水が日向工場まで流れ込むことは、誰も気づかないままだった。ダムがあることは皆知っていた。でも、その水が自分たちの足元まで来ることは、誰も知らなかった。日向工場の人たちは、自分が何の下流にいるかを知らないまま、これからも丘の上で働き続けただろう。

知らされていないリスクを、可視化した。守れるように、備えた。それは、たぶん、やる価値のあることだった。誰の仕事であろうと。

マグカップのコーヒーを飲み干して、僕はモニターに向き直った。新しいメールが来ている。別の拠点の、別の問題。また、どこかで何かが起きている。

たぶん、それもまた、本来は僕の仕事ではないのだろう。

でも、気づいてしまったから、やる。境界の線は、また一つ、にじんで消える。

ないものは、作る。それが自分の領分の内か外かは、いつも、後から考えることにしている。


外伝2 「無知」へ続く

#創作大賞 #お仕事小説部門

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