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「なめられたくない」の正体を、ロコモコ丼を食べながら考えていた


109でロコモコ丼を食べていた。

ただ休憩したかっただけなのに、
隣の席の面談に妙な苛立ちを覚えた。

あとから考えてみると、
それは騒音への苛立ちではなかった。


やっと休めると思った

⸻ 高校生ぶりに109へ入ったのだが。

昔から渋谷が苦手だ。
嫌いというほどではないけれど。

刺激的な街だから、
けれど長時間いると疲れる。

大型ビジョン。
広告。
人の話し声。
呼び込み。
待ち合わせ。

街全体が常に何かを"発信"している。
発信というよりも、勝手に流れ込んでくる。

"入力"を拒んでいても入ってくる。

自分で選んで見ているわけではないのに、
情報だけが"一方的"に脳へ押し寄せてくる。


今日は特にコンディションも良くなかった。

気付けば何も食べていなかった。
だから店へ入った。

ロコモコ丼を頼んだ。
アイスコーヒーも頼んだ。

「やっと休める。」

そう思ったのも束の間。


隣の席で始まった面談

⸻ ところが、そうはならなかった。

隣の席で面談が始まったからだ。

店長なのか責任者なのかは分からない。
上司らしき女性と、若い女性スタッフ。
向かい合って話している。

「MBOって知ってる?」
「え、えむびーおー?」

仕事の話だった。

業務改善。
目標。
姿勢。
考え方。

そういう話をしているらしい。


私はAirPodsを付けて、
ノイズキャンセリングも使った。

「それでも嫌悪感を覚えた。」

声量なのか。
話し方なのか。
空気なのか。

理由は分からない。


わたしは何に反応していたのだろう

最初は単純に、

「うるさいからだ。」

と思った。

疲れている。
静かにご飯を食べたい。
隣で面談なんてしないでほしい。

⸻ でも違った。

もし隣で友達同士が恋愛相談をしていたら。
推しの話をしていたら。
バンドの話をしていたら。

ここまで気にならなかったと思う。

少しうるさいなと思う程度で終わる。

つまり私が反応していたのは、
音量ではなかった。

会話の内容でもなかった。

⸻ もっと別の何かだった。


境界線が揺れているように見えた

その違和感がカタチになったのは、
ある質問が聞こえた時だった。

「インスタ何見てる?」
「YouTube何見てる?」
「ライブ配信とか見る?」


⸻ そこで引っかかった。


業務改善の話だったはずだ。

もちろん意図はあるのだろう。
相手の興味関心を知りたいのかもしれない。
価値観を知りたいのかもしれない。
それを仕事へ繋げたいのかもしれない。

でもわたしにとっては、
仕事とプライベートの境界線が
揺れたように見えた。


昔から境界線に敏感だった

考えてみれば、昔からそうだった。

「他人にスマホを触られるのが苦手だ。」

潔癖もあると思う。

でも、それだけでは説明できない。

勝手に触られると、

「自分の領域へ入られた。」

という感覚になる。

人が嫌いなわけではない。

むしろ人間観察は好きだ。
人と話すことも好きな方だと思う。

ただ、

「ここから先は私の領域です。」

という感覚がある。


「なめられたくない」の正体

私はよく、

「なめられたくない。」

と言う。

でも最近思う。

「本当にそれだけなのだろうか。」

私は相手に勝ちたいのだろうか。
上に立ちたいのだろうか。

「少し違う気がする。」

本当は、

軽く扱われたくない。
雑に扱われたくない。
勝手に踏み込まれたくない。

という感覚の方が近い。

「強くなりたいのではなく、
境界線を"尊重"してほしいだけ。」


わたしは言葉で境界線を確認する

「だから私は質問をする。」

それはどういう意図ですか。
どうしてそう考えるんですか。
その線引きはどうしているんですか。

気付けばそんなことを聞きがちである。

人によっては詰問に見えるかもしれない。
圧を感じる人もいるかもしれない。


でも私の感覚では少し違う。

私は相手を論破したいわけではない。
負かしたいわけでもない。

ただ、
相手の境界線を知りたい。
自分の境界線を確認したい。


境界線を守る術は人によりけり

「境界線を守る方法は一つではない。」

強く出る人もいる。
距離を取る人もいる。
黙る人もいる。
その場を離れる人もいる。

「わたしは、
数ある選択肢から"言語化"を選ぶ人間だ。」


だから考える。
だから質問する。
だから整理したくなる。


あの違和感の正体

本当の関係性なんて知らない。

ただ私は、
"境界線が揺れている場面"を見ていた。

仕事とプライベート。
指導と雑談。
上司と部下。

その線が"曖昧になっている"ように見えた。

だから反応した。
だから考えた。

だからロコモコ丼を食べながら、
こんなに長い文章を書くことになった。


おわりに

振り返ると、
あのイライラは騒音への苛立ちではなかった。

もっと根っこのところにある、
"人との距離感"の話だった。

「わたしは人よりかなり境界線に敏感だ。」

だから反応する。
だから考える。
だから言葉にする。

「なめられたくない。」

という気持ちも、その延長線上にあると思う。

なめられたくないのではなく、
境界線を雑に扱われたくない。

現在のところは、
その解釈がいちばんしっくりくる。

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