異端な君へ、弾圧された「異端思想」入門の入門|④スピノザという異端者、『神学=政治論』
「異端思想」とは、正統な考えから逸脱した思想です。正統とは、キリスト教正統派の考え方を指します。当時の異端思想を見てみましょう!
中世の異端者、スピノザの『神学=政治論』を追ってみましょう。
スピノザの決意
オランダにいたスピノザに、転機になることが起こります。それは、親友の逮捕と獄中死です。親友はオランダ語で、宗教を批判する本を出版したため逮捕されました。獄中ではかなりひどい扱いを受けました。1669年に、親友の訃報を知ったスピノザはかなりのショックを受けます。そして、ペンを執りました。
謎の本『神学=政治論』が出回る
1670年、この世にとある本が出版されます。そのタイトルは『神学=政治論』でした。この書物には、著者の名前がありません。匿名です。ラテン語で書かれているので、一部の知識層しか読むことは出来ません。出版地はハンブルクと表紙に記載されていました。実際にはオランダのアムステルダムで出版されていました。これが、後にわかるのですが、スピノザの著作でした。最大限の注意を払ったうえで出版しました。
宗教と聖書の相対化
『神学=政治論』の内容は、これまでにない新しい主張でした。
これまで、聖書を「神の言葉」と解釈していましたが、スピノザは、それを「歴史的な記述」として読むべきである、としました。聖書には、信じがたい奇跡の話などがでていますが、合理的に思えない場合は、それは「比喩」として解釈して、道徳として参考できるところはすればよい、と述べました。
また、聖書の古い版と現在の版を比較すると、後世の人が追加修正した部分が見つかります。聖書は普遍的ではなく、時代を経て、編集されてきたものだ(今後も編集される可能性がある)と述べます。
スピノザの考える「自由に思考する権利」と「国家の在り方」
スピノザは、人間個人の自然権と、その延長としての国家論を描きました。この自然権とは「自由に思考する権利」を指します。
個人は、生まれながらにその権利があり、自由な国家においては、誰もが自分の思うところを、考えたり言うことができるべきだ、と述べます。人間の内面は、誰にも侵害されてはならないと強く主張します。
そして、「国家の目的」は、人々を宗教的な権力で拘束することではなく、人々が心身ともに「自由」にふるまえて、秩序ある平等な社会を実現することにある、と説きました。
スピノザは、「神」を超越的な支配者ではなく、自然の秩序の一面として捉えて、宗教を、理性的な国家と分けて考えることにしました。これは当時の宗教的・政治的権威から、強い反感を受けました。スピノザの言うような国家に成ったら、現在の秩序が成り立たなくなり、自分たちの権威もなくなってしまうからです。
おわりに
スピノザの『神学=政治論』は、キリスト教の新教・旧教のどちらからも禁書(非合法)に指定されました。法王庁は「悪魔とともに鍛えられた書物」と表現し、流通を取り締まりました。
しかし、個人の精神の解放を提唱した『神学=政治論』に惹かれた者たちによって、水面下で、保存・再販・翻訳されて、現在まで読み継がれてきました。現在は、光文社古典新訳文庫から出版されていて、最新のこなれた翻訳を、書店で立ち読みすることができます。
次回は、ディドロ、レーナルの『両インド史』です!
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