ざっくり「哲学」入門の入門|⑥テーマ「哲学と宗教」哲学の暗黒期(古代ギリシャ後~中世)
最初の3回の記事で、哲学の大きな流れを見てきました。その中から、テーマを別けて、まとまった潮流について、一緒に見ていきましょう! テーマの記事を通して読むと、これまでの哲学の基本的な考えを網羅することができます!
テーマ「哲学と宗教」 哲学の暗黒期(マケドニア・ローマ~中世)BC3世紀~14世紀
古代ギリシャ哲学の後から、近代哲学(デカルト)までを、勝手に「哲学の暗黒期」と呼んでます。主流と呼べるような哲学は無く、いろんな試行錯誤がされていた時期です。学問はかなり混乱します。しかし、その中にも、哲学の胎動のようなものが見られます。この期間については、哲学だけではなく、隣接分野も見ていきましょう!
ローマ時代、哲学と倫理学
古代ギリシャは、アレキサンダー大王のマケドニアに征服されましたが、その後、マケドニアはローマと4回戦争をして、ローマに征服されます。
ローマ時代は、古代ギリシャ哲学のような普遍的な世界の探求に、あまり関心を持ちませんでした。それよりも、ローマ帝国は、様々な人種、民族、宗教によって構成されているため、そのような帝国の運営をどうすればよいか、という具体的な問題に直面していました。哲学というよりも、倫理を重要視しました。市民の義務や自然法の概念などです。
その中でも、「ストア派」という人たちがいて、セネカやマルクス・アウレリウスらによって、禁欲や理性に従うことの重要性が説かれ、心の平静を目標としていました。
他民族が入り混じっても、軋轢があったとしても、理性的にふるまいましょう、ということだと思います。
現代の異文化問題と似ていますね。違う価値観の民族が移民として入ってきたら、思想や宗教は置いておいて、とりあえず、何を共通の了解事項にできるかが問題となります。その倫理の在り方や、抑制的で理性的な態度が求められたのです。
その後、ローマ帝国は、政治の腐敗、税収の不足、インフレ、貧富の格差、移民の流入などの理由によって滅びます。現代のわたしたちにとっても、すごく切実な問題ですね。ものすごく既視感があります。
ローマ時代、新プラトン主義とキリスト教、神学
3世紀ころ、プロティノスによって、キリスト教の教義を、プラトンの哲学によって補強する取り組みがなされます。これを「新プラトン主義」と言います。
例えば、
万物の根源(アルケー) →キリストの唯一神
根源から知性・精神(ヌース)の流出 →唯一神から人間が創造される
内省と浄化を通じて、魂の上昇を目指す →神への一体化、神秘主義
このように、古代ギリシャで用いられていた哲学用語を使って、キリスト教をうまく体系化します。より納得感がでてきて、キリスト教が普及していきます。
ローマ帝国は、はじめはキリスト教を弾圧していました。しかし、コンスタンティヌス帝は、313年にミラノ勅令を発布して、キリスト教を認めました。皇帝自身もキリスト教に帰依しています。その後、ローマ帝国の国教となります。
ローマ帝国(西ローマ帝国)がほろんだ後も、キリスト教組織、教会が力を持ち続けて、キリスト教と一体となって哲学が理解されました。キリスト教神学と呼びます。
アウグスティヌス(354~430年)は、神学者で、新プラトン主義の影響を受けて、「信仰をもって理解を求める」という、さらに深い信仰のあり方を提示しました。その影響は、後の「スコラ哲学」の基礎となります。
スコラ哲学、キリスト教との調和
12世紀頃、古代ギリシャ哲学の体系化をしたアリストテレスの著作が、再び評価されて、理性とキリスト教信仰の調和を目指す「スコラ哲学」が栄えました。この時代は、大学が発展して、大学と言えば「神学」という感じになっていました。
神学者トマス・アクィナスによるアリストテレスとの一体化
トマス・アクィナス(1225~1274年)という神学者によって、アリストテレスの哲学を最大限に取り入れ、キリスト教の教義と調和させました。『神学大全』という大著書を作り、彼の哲学(トミズム)は、カトリック教会の正統的な哲学(教義)と見なされました。このころがキリスト教と哲学が一体化した最盛期です。同時に異なる発想もでてきます。
近代思想の出発点? 「オッカム」の普遍論争と唯名論
後期スコラ学の神学者に、オッカムのウィリアム(1285~1347年)という人がいます。オッカムとだけ呼ばれますがオッカムは実は地名で、名前はウィリアムです。この敬虔な神学者は、キリスト教の教義があまりに複雑になっているため、もっと簡潔で明快な解釈をおこなおうとしました。
1信仰する。
2神は個人的な啓示として現れる。
3個人の理性と信仰は矛盾しない。
それ以外は説明しなくていい、という考えです。オッカムは、決して神を否定しているわけではありません。説明しないことが不在を意味するわけではないのです。本人がそのように否定しています。
個物を超越した「普遍的なもの」といったものは無く、「個物のみ」が存在している、というのがオッカムの主張する唯名論です。人が自然から普遍的なものを見いだしたとしても、神はそれを超越しているので、そう思えても、それは人間がそのように認識しているだけである、というものです。
オッカムは、信仰と人間の理性の間に余白と設けて、理性との矛盾をさけました。このゆるさが、普遍論争と呼ばれる論議を産みました。
ルネサンス期(14世紀〜16世紀)の混乱
ルネサンス期は、中世の神中心の考え方から、人間と古代への関心が高まった時代です。古代とは古代ギリシャ文化とローマ文化です。
そうなると、キリスト教にとっては、認めたくない動きがでてきます。
●人文主義(ヒューマニズム) 世俗的な倫理や人間の尊厳を重視。古代ギリシャ・ローマの古典が再評価。(ロマンス)
●自然哲学 従来のスコラ哲学的な枠組みから離れて、古代ギリシャ哲学の自然そのものを探求する動き。
●政治哲学 マキャヴェッリが『君主論』で、現実主義的な統治論・権力論を展開した。
自然科学の「驚異的な発見」の連続
ルネサンス期に重なるように、自然科学の知識が発見され、積みあがってきます。人々は、自然科学が普遍的であると感じるようになってきます。とくに14世紀以降は、驚異的な発見がどんどんでてきます。
いきなり地動説がでてきて、惑星の公転軌道が計算され、慣性の法則が発見され、万有引力の法則が出てきたのです。しかも、客観的な測定を元にした、反論の余地のない科学的法則としてです。
キリスト教もそれらの客観的な理論と、どう折り合いをつけるか、そのスタンスも変わってきます。結果としては、認めざるを得なくなります。
1400年 人体解剖学の発展
1400年 羅針盤の伝播
1400年 火薬の伝播、軍事利用
1450年 活版印刷、グーテンベルク
1543年 地動説の提唱、コペルニクス
1569年 航海図、メルカトル図法の考案、メルカトル
1576年 緻密な天文観測、ティコ・ブラーエ
1600年 磁石、方位磁針(地球磁場)の発見、ウィリアム・ギルバート
1609年 ケプラーの法則(惑星の楕円軌道、公転周期)、ケプラー
1610年 運動の法則(落下、慣性の法則、放物線)ガリレオ
1665年 万有引力の法則、ニュートン
1665年 微積分の基礎、ニュートン
1665年 光の性質(白色の原理、粒子の性質)、ニュートン
キリスト教のゆらぎ、宗教革命、宗教戦争
キリスト教(カトリック)がゆらいできます。長く権力を持つと腐敗は免れません。理由は以下のものです。
●教皇庁がフランス国王の管理下に置かれた。(アヴィニョン捕囚)
●複数の教皇が立った(ローマ皇帝派、アビニョン教皇派)
●聖職者が教えを守らなくなった。(妻帯者がでてくる、贅沢など)
●教会の腐敗 領地を拡大、権力の強化、財産のためこみ・徴収。
どこの国や組織でもありますよね。あとはきっかけを待つのみです。
1517年に、キリスト教(カトリック)の役所が、「免罪符」の販売をしはじめました。これは、お金を払うと「罪の罰が免除される」というものです。サン・ピエトロ大聖堂の改築費用を集めるために行いました。
「信仰がお金で買える? 罪や罰がお金で無くせる? いやいや、それはないでしょう!」と発言したのが、ドイツの神学者マルティン・ルターです。ルターは聖書と向き合い純粋に信仰するのみでよい、と主張しました。これは今のままでどおりの、腐敗した教皇や教会がつづくようなら、それらは必要ない、ということを意味します。
これは「宗教改革」といわれています。
この考えは、最新の「グーテンベルクの活版印刷技術」によって、本が大量に出回り、一気にヨーロッパ中に広がりました。その結果、多くの賛同が得られて、プロテスタントという派閥になりました。
カトリックとプロテスタントとの対立は続きます。最も大規模な「宗教戦争」は、三十年戦争(1618~1648年)です。ヨーロッパ全土で、市民がそれぞれの宗派に分かれ、知人同士で殺し合います。
ペスト(黒死病)の流行(1347~1665年)
1347~1351年はペスト(黒死病)が大流行します。当時を生きた人は大変だったと思います。原因がわからず知人が死にまくるのです。何を信じて良いかわからなくなりました。その後もペストは地域的に流行り続けます。それがおさまるのはロンドンの大疫病の年(1665年)と言われています。
・ペストによって死んだ知人はどのような罪を犯したのか?
・なぜ神は人間にこのような試練を与えるのか?
・お金を払って「免罪符」を手に入れれば、本当にペストから助かるのか?
教会が担っていたものをどうしていくか問題!=近代化問題!
キリスト教(カトリック)が、求心力を落としていく一方で、「ルネサンス」×「古代ギリシャ哲学の再評価(自然哲学)」×「自然科学の驚異的な発見」×「宗教革命」×「宗教戦争」×「ペスト」が、かけ合わさり、一気に世界観がゆらいで混乱する時代になります。
●自分って何? 死ってなに?
●世界って何? 普遍とか自然って何?
●社会をどうまわしていく? 税金は? 統治・政治とかはどうするの?
これまでキリスト教が全部説明してくれていた、これらのことを、ちゃんと考えていかないとだめじゃない? と思ってきたのです。それを乗り越えようとする取り組みを、総じて「近代化」と言ってよいと思います。
学者もたいへんです。学問の花形と言えば「神学」、大学と言えば「神学」でした。しかし、もはや神学には信用たるものが少なくなり、その代わりに、すべてを疑う「懐疑派」があらわれてきます。
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