未来を見よう。第2話
私が見ている未来は以下である。

長き均質化の時代が終焉を迎え、いよいよ個性化の時代に入ってくる。
螺旋1周前の個性化の時代であった江戸時代。一体どんな時代であったのか?
私が着目しているのは、当時人口の約八割を占めていた百姓。
今でいうと、私を含む一般ピープル。江戸時代、社会の圧倒的多数であった百姓を見ることで、これから同じ個性の時代を生きていく私たちのヒントが隠されていると思う。
ここからの話は、江戸時代の百姓研究の日本の第一人者である渡辺尚志一橋大学名誉教授の以下の著書の内容をベースとしている。
[1]『百姓の力 江戸時代から見える日本』(角川ソフィア文庫)
[2]『百姓たちの江戸時代』(ちくまプリマ―新書)
まず、江戸時代の百姓生活において重要な3つの事項を以下と捉えた。
発展した商品・貨幣経済
一人一人個別教育の寺子屋
共同体における複合的な生業
1は、現在より明らかに貨幣経済の重要性が周知されていた。
一般人にとって、一生の一大事は世渡りの道であるから、士農工商はもとより、僧侶・神官に限らず、どういう職業にあっても、倹約の神様の御告げに従って金銀をためなければならない。この金銀こそ両親を別にしては命の親と呼ぶべきものである。
この世で人間が願うことのなかで、何によらず金銀の力でかなわないことといえば、天下に生・老・病・死・苦の五つがあるだけで、それより外はないのである。とすれば、金銀にまさる宝がほかにあろうか。
明確に「金が何より大事だ」と当時の大ベストセラー作家の井原西鶴先生が主張している。
今の時代に足りないのはこういう分かりやすい主張であると私は感じる。
「貯蓄から投資へ」等のぼやかした主張もいいのだが、それだと言いたいことが伝わりにくい。
「金が何より大事だ」。なんとなく多くの人が感じてるこのことをまずは共通理解することが必要と感じる。
井原西鶴先生、今の時代こそあなたが必要です。
次に2の寺子屋である。
寺子屋は幕府や大名などが上から設置したものではない。あくまでも村人たちの要求を受けて、下から自主的につくられたものである[1]。
いわゆるボトムアップ・スクール。今でいう、フリー・スクール。
そして義務教育ではないから、行くのは強制ではない。
にもかかわらず、多くの子どもたちが寺子屋に通うようになり、当時の日本の識字率は世界と比較して大変高かったという記録がある。
この寺子屋がなによりすごいのは、年齢や進度に応じた個別授業が行われていたということである。つまり一人一人学習内容が異なるということ。
これは先生、すごいですね。私も大学で教えているが、とてもじゃないが一人一人に違う内容を教えることなんてできない。
こんなすごい寺子屋が江戸時代には、確認できているだけでも16,560軒、実際はその数倍あると言われている[2]ので、約5万名近い、スーパー先生がいたということになる。
江戸時代、あなどれない。
最後に3の共同体である。
ご存じの通り、江戸時代は村社会であり、村が共同体としての基本的な単位であった。そして、村を繁栄させること、それが共同体としての共通の目的だった。
その目的を達成するため、村では、村が持つ資産(主には土地)を最大限に活用して、コメ作りだけではなく、他の農業、更には非農業と、複合的な仕事を自分達で作り出していた。
そして、当時の税制がおもしろく、農業には47%の年貢が課されたのに対し、非農業については2%以下であった[1]。これが、非農業領域の新たな仕事を生み出す原動力の1つとなっていた。
我々も労働収入が増えると、最悪50%ちかい年貢を課せられるが、投資収入はどれだけもうかっても、20%。NISAなら、年貢は0%。ちょっとだけ似ている。
ざっと江戸時代の百姓についてみてきたが、どう感じたであろうか?
徳川家康を見るより、百姓を見た方が、経済的自立の観点では役に立つ。
次回最終回、この江戸時代の学びを、今の時代にどう活かしていくかについて考えたいと思います。
See you next time!
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