俺は、妻を愛していたのか?(3)
第3話
俺と香織は、昼前には『岡山城』から出発し、広島県に入り尾道市に寄る頃には、午後の二時くらい
遅い昼食を、名物の“尾道ラーメン”を頂いた後、尾道の街並みを少し散策した
尾道は、瀬戸内海の尾道水道に面した、風情ある坂の町だ
千光寺山の山麓が海に向かって切れ落ち、その斜面に民家と寺院が張り付くように建っている。路地は狭く、石段ばかりで、車は殆ど入って来られない
古くは北前船の寄港地として栄え、明治以降は文学者に愛された「文学の町」
大林宣彦監督の『時をかける少女』『転校生』の舞台としても知られ、近年は「猫の町」としても人気だ
坂と路地と石段の多さから、昔から野良猫が棲みつきやすく、今でも斜面のあちこちで昼寝している姿に出会う
聡子は、この町を殊の外好きだった
『歩くのは疲れるけど、一段上がるごとに景色が変わるのがいいのよ』
と、石段の途中で息を弾ませながら、嬉しそうに笑った
尾道ラーメンは、戦後間もなく、台湾出身の朱阿俊が屋台で始めたという「中華そば」が原型とされる
鶏ガラと瀬戸内のいりこ(煮干し)で取った澄んだ醤油スープに、ミンチ状にした豚の背脂を浮かべる
麺は平打ちの中細、具は、チャーシュー、メンマ、青ネギ。あっさりした出汁の上に、背脂のコクがぷるぷると浮いている・・・そのアンバランスな調和が、尾道の味だ
「尾道ラーメン」という呼び名自体は、実は隣の福山市の土産メーカーが付けたもので、地元の老舗の中には「うちは中華そばじゃ、尾道ラーメンじゃない」と言い張る店もある
俺と香織が入ったのは、本通り商店街からほど近い、古い木造の小さな店だった
カウンターのみ、客は四人入ったら一杯になる・・・壁のメニューは「中華そば」と「中華うどん」のみ
レンゲでスープを一口すすると、いりこの香りが、先に鼻に抜けた・・・その後を追って、背脂の甘みが、ゆっくりと口の中を満たしていく
「あっさりしてるのに、こってりしてる・・・変な味だね~~~」
香織が目を丸くしながら、率直な感想を口にした
俺は、ふっと笑った・・・聡子が、最初にここのラーメンを食べた時も、ほぼ同じ事を言ったのだ
『あっさりしてるのに、こってりしてるのね。不思議ね』
そう言いながら、レンゲを持つ手を止めて、首を傾げていた
似ていない二人が、同じ店で、同じ言葉を呟く・・・俺は、知らぬ間に、丼の中の湯気をじっと見つめていた
尾道の街並みは、そのまま散策にはちょうど良い
細い坂を上り、千光寺山ロープウェイの山麓駅の脇の艮神社へ
ここは尾道で一番古い神社で、映画『時をかける少女』で主人公が時を駆けるシーンの撮影地にもなった
境内のクスノキは樹齢九百年・・・根元に立って見上げると、枝が空を覆い隠している
神社の横の路地を進むと“猫の細道”と呼ばれる約二百メートルの石段道に出る
道端のあちこちに、丸い石に猫の絵を描いた「福石猫」が置かれている
一九九八年から、地元の芸術家・園山春二氏が置き始めたもので、それが評判を呼んで「猫の細道」の名が広まった
廃屋同然だった古民家が、静かなカフェや小さなギャラリーとして一軒ずつ蘇り、独特の「尾道イーハトーヴ」という空間が広がる・・・宮沢賢治の「イーハトーヴ」に由来する名だ
道を抜けた先に、天寧寺の三重塔が見える・・・そこから千光寺まで、更に石段を登る
千光寺は、平安初期の大同元年(八〇六)に開基されたと伝わる古刹で、朱塗りの本堂が山肌に張り付くように建っている
境内の「くさり山」は、鎖を掴んで岩をよじ登る修行場だ
本堂から見下ろす尾道水道は、手前の赤い瓦屋根、真ん中の青い水道、向こう岸の向島の緑、という三段の景色で、これが尾道を代表する風景と呼ばれている
やはり、香織は俺の腕に絡み、一緒に散策をしていた
「少しは、聡子さんの代わりになれたかな?」
と、言われたので
「そのまま、香織で良い・・・君は聡子ではないのだから」
と、返したら、少し、拗ねた顔で
「やっぱり、あたしは“聡子さん”にはなれないんだね」
と、言った後、どこか寂しげな顔をした
香織は一体何を考えて、わざわざ“聡子”になりたがるんだ・・・無理をする必要はないだろ
それに・・・俺は“聡子”に対して、香織が俺から離れようとしないから、それなりの“罪悪感”を感じているのだけどな
千光寺の境内の手すりに、香織が身を乗り出した・・・俺は反射的に、その腕を後ろから押さえた
細い腕だった・・・聡子の腕も、こんな風に細かったな、とふと思った・・・最期の頃は、もっと細かった
腕を押さえる手が、少し、力を弛めた・・・そのまま、離した
香織は、何も言わなかった・・・ただ、眼下の尾道水道を、黙って見下ろしていた
(聡子、俺は、何をしているんだろうな)
心の中で呟いた言葉に、リュックの中の骨壺(聡子)は、何も答えない

午後四時過ぎ位には、尾道の街並みの散策が終わり、呉市まで一気に車を走らせた
尾道から呉まで、山陽自動車道と広島呉道路を乗り継いで、約二時間・・・瀬戸内の内陸と沿岸を、縫うように走る道だ
夕方の陽射しが、西に傾く。フロントガラスの向こうで、雲が赤く染まり始める
約二時間位で、呉市に着いた
その時には既に午後の五時半を過ぎており、『大和ミュージアム』は閉館になってしまうので、その日は、近くのビジネスホテルにチェックインした
呉は、明治以降、日本海軍の軍港として発展した町だ。明治二十二年(一八八九)に呉鎮守府が開庁して以来、日本一の海軍工廠のまちとして栄え、戦艦「大和」もここで建造された
戦後は、その技術を生かした造船業や製鉄業の町として、世界最大級のタンカーを次々と世に送り出してきた
山が海に迫る地形ゆえに、町はリアス式海岸の入江に沿って細長く広がり、海側に造船のドックやクレーンが立ち並ぶ。夜になると、工場の明かりが海面に映って、不思議に美しい
「あたしも、伴憲さんと同じ部屋で良いよ~~」
と、香織が、気恥ずかしそうに言って来たので、俺は呆れかえって
「何を言ってるんだ・・・君と俺は、別々の部屋だ」
と、拒否した
香織、苦笑いしながら、
「確かにそうだよね~~さっき言った事、冗談ですよ~~」
と、言いながら、頭を掻いていた
冗談の顔を繕うのが、少し下手だった・・・本気ではないが、全くの冗談でもない
・・・そのくらいの事は、四十を過ぎた男には、何となく分かる
分かった上で、気付かないふりをするのが、こういう時の正解だ
その後、各自部屋に入り、俺はリュックから、聡子の骨壺を取り出し、机の上に置き、窓の外に向けた
窓の下では、呉の街の明かりが、入江に沿って連なっている。遠くに、造船所の赤い点滅灯。海の上を、夜のフェリーが、ゆっくり横切っていく
「聡子・・・何時もリュックに入って貰って済まない・・・窮屈で仕方が無かっただろ」
「今日は“思い出”の『岡山城』・・・どうだった、久しぶりに天守閣からの景色良かっただろ・・・何時も身体を寄せながら、景色を見て“人って色んな建物を造るんだね”と言ってたね、後楽園も相変わらず綺麗だったね」
「尾道の街並みはどうだったかな・・・坂の街は、流石に疲れただろ、歳には敵わないな、千光寺からの尾道の景色も良かっただろ」
俺は、聡子に話しかける様に、“一緒に過ごした”事を話していた
傍から見ると“変人扱い”されるだろう
だが、それでも良いと思った
聡子と一緒に過ごした日々を、俺自身が、一日ごとに確認し直していく・・・それが、この旅の本当の意味だったのかもしれない
聡子の生きていた日々が、俺の中で、まだ生きている事を、聡子自身に告げたかった
せめて、故郷の“長崎”までの間、聡子の骨壺と共に“思い出”の場所を巡り、俺と聡子が“共に過ごしていた事”を再確認していた
「香織って言う女性・・・どうしても、不憫でならなくて、“長崎”まで送ってあげよと思ってしまったんだ・・・何時も済まない」
と、謝辞も忘れなかった
本当は、「済まない」と言いながら、心のどこかで気付いていた
香織を乗せた事を、俺は、聡子に詫びているようで、詫びていない
むしろ、聡子が、天国から
『ほっとけないでしょ、あの娘』
と、どこかで微笑んで頷いている・・・そんな気がしてならなかった
「「コン!!コン!!」」
そんな時、ドアのノックする音が聞こえたので、玄関を開けて見ると、
「おじゃま~~」
香織が、“缶酎ハイ”を持って、勝手に俺の部屋へ入って来た。
「おい!!いきなり入るなよ・・・」
と、言ったものの、追い出す気力もなかった
確か、香織の奴、“お金”持ってなかったはず・・・どうやって“缶酎ハイ”を手に入れたんだと思い、
「で・・・この“缶酎ハイ”は一体どうしたんだ?」
と、尋ねたら
「コンビニで買ったよ」
香織、何の抵抗もなく答えた
「香織!!君、確か“お金”持ってないって言ったよね?」
俺が、ジト目で咎めると
「少しくらいは、あるわよ・・・五千円くらい」
と、恥ずかしそうに口ずさんだ
「・・・その“缶酎ハイ”いくらだ?」
と、呆れながら問い質したら
「五〇〇円だったかも~」
と、澄まし顔で答えた
たく・・・少ししかない“お金”、こんな処で使うなよ、緊急時に必要だぞ
俺は、ため息をつき、財布から、一〇〇〇円札を抜き取り
「これで、その“缶酎ハイ”売ってくれ」
と、香織に手渡そうとしたが
「これ、あたしの“奢り”だから、受け取れないよ」
と、拒絶されたので、無理やり、“缶酎ハイ”の代金を渡そうとしたら、向こうも思い切り拒絶され、少しの間、押し問答が続いていた
押し問答をしながら、俺は、心のどこかで、少しだけ、おかしかった
持ち金五千円の娘が、五百円の缶酎ハイを、四十男に奢ろうとしている
そのささやかな意地を、俺は受け取ってやるべきなのかもしれなかった
でも、それを素直に受け取ってしまうと、香織との距離が、これ以上、縮まってしまう気がした
俺は、それが、まだ怖かった・・・
・・・・・
その結果、俺が折れる形で、“缶酎ハイ”を、香織から奢ってもらう形で決着をした。
俺は、椅子に座り、香織はベッドの上に座り、お互いに、“缶酎ハイ”を飲みだした
香織は、すぐに机の上に置いている“聡子の骨壺”に気づき、眼を細め澄ました面持ちで、
「ここで、聡子さんとお話をしてたの?」
と、言って来たので、俺は、バツが悪そうに、
「あ~~そうだ・・・悪いか?」
と、答えると、香織は、笑みを浮かべ、
「別に悪くないよ・・・好きな女性とお話するのって普通じゃない」
と、わりかし“肯定的”に見てくれていた
“好きな女性”・・・と、この娘は、さらりと言った
俺は、その言葉の中にある“好き”という響きを、少しの間、噛みしめていた
好き、という言葉は、愛する、という言葉より、幾分、柔らかい
柔らかい分だけ、逆に、認めやすい気もした
俺は、聡子の事を、“好き”だった・・・これは、間違いなかった
その先にある“愛していた”にまで、俺は、まだ手が届かない気がしていた。
その後、香織は首を捻り
「あたしと“思い出”場所に行くのは良いのだけど・・・場所の説明とかは聞くけど・・・“聡子さんの思い出話し”しないね・・・」
と、言われた
一瞬、ドキッとしたが、
「香織に、“聡子との思い出話し”をしても、面白くないだろ」
本当は、他人に“俺と聡子の思い出話し”をしたくないのに、“真逆な事”を言って誤魔化した。
そしたら香織の奴、俺の方へ身を乗り出し、顔をじろじろ見ながら
「あたしは、聞きたいわよ“聡子さんとの思い出”」
と、にっこりと笑みを浮かべながら言った
「・・・」
俺は、近づいた香織の顔から眼を背け、黙ったまま何も言わなかった
香織は、再びベッドに座り直し、天井を見ながら
「あたし・・・早くにお父さん亡くして、お母さんと暮らしてたんだ~~」
と、急に自分の身の上話をしてきた。
意味が分からない。一体何を考えているんだ
「お母さんもだけど・・・お父さん、とても優しい人だった・・・
あたし大好きだった、お母さんべた惚れだったよ・・・
あたしが小学生の頃、お父さん事故で亡くなってから・・・
お母さん笑顔を失い、やる気も失い、ずっと酒浸りになって、家の中暗くなった・・・
あたしが、お母さんを元気つけようと、“料理・洗濯・炊事”など色々と手伝ったけど・・・立ち直ってくれなかった・・・
しまいには、あたしに暴力を振って来たんだ・・・
もう駄目と思い・・・
高校を卒業して、長崎から大阪に出て行ったよ」
と、涙を浮かべ頬を伝いながら、語っていた
小学生の娘が、酒浸りの母を、一人で支えようとする
料理と洗濯と炊事・・・
笑っていた母が、笑わなくなった家の空気
俺には、想像するしかない・・・だが、想像は、できた
ただ、俺は余計な事を口にしなかった
聡子に自殺を止めた時に、俺が学んだ事があるとすれば・・・
弱っている人間には、まず言葉ではなく、そこに居る、という事だった
香織の生い立ちを聞いていた俺は
(この娘・・・明るい性格の影に、こんな不幸な境遇があったのだな)
と、同情をしながらも
「前に言った・・・その後、身体目的の彼氏と破局し、仕事にも手につかず退職・・・再び就職しようにも就けず、不幸が重なり、最終的に住処を失い、“ヒッチハイク”で故郷に帰ろうとした」
と、付け加えると
「そ・・・そうよ、余計なことまで言わないでよ」
と、香織は涙を拭きながら、怒ってきた
「よくこれだけの境遇を受けながら、“自殺”など考えなかったな・・・」と、感心していると、香織、急に暗い顔をし
「一時は、自殺も考えたわ・・・でも、そんな“勇気”なんて無かったわ」と、口ずさんだ後、寂しげな笑みを浮かべ
「“死ぬ”勇気が無かったら、そのまま、生きていくしかないわ」
と、言っていた
その言葉を聞いた時、俺は、缶酎ハイの缶を、ゆっくりとテーブルに置いた
“死ぬ”勇気が無かったら、そのまま、生きていくしかない・・・
あの夜、聡子も、俺が止めた縄を手から離した瞬間、多分、同じような事を、心の中で呟いたのだろう・・・
勇気が無かった・・・のではなく、勇気を、誰かが取り上げてくれたのだ
偶然、酔っ払って部屋を間違えた、お節介な男が・・・
そして、今、同じように
「勇気が無かったから生きている」
と笑う娘が、俺の目の前に座っている・・・
世界というのは、時々、こういう偶然の重なり方をする
聡子は、今も、俺の机の上で、この話を黙って聞いている
俺は、ふっと笑みを浮かべ、
「香織・・・君は本当に強いよ、生きようとしたのだからな」
と、香織を褒めると、香織、気恥ずかしそうに
「や、やめてよね・・・あたし、そんなに強くないから・・・頼りになる男性が現れるの待ってるんだかね~~」
と、照れながら言った
「良い人が見つかるといいなあ~~」
と、俺は、少し皮肉りながら一言添えた
「あたし・・・本当に聡子さんの事、羨ましいと思うよ」
と、香織に嫌味で言い返された
暫く、静寂な時が訪れた・・・
窓の外で、遠くの造船所のクレーンが、緩慢に向きを変えている
また、香織が、にま~~っとしたと思うと
「じゃ~~次は、伴憲さんの生い立ちについて語ってよ~~」
と、要請された
俺は、怪訝そうに
「何で、俺の生い立ちを言わないけないんだ」
と、拒否の意思を示すと、香織は、少し眉を上げ
「あたしも言ったから、次は、貴方ね」
と、強引に聞こうとする
「別に、君の生い立ちを聞きたいって言ってないだろ」
と、再び“NO”を突き付けると、香織の奴、いっちょ前に、色気を使いだし
「あたしは、伴憲さん事、知りたいよ・・・折角、出会ったんだし、お互い知りたいじゃない」
と、身体をくねらせて迫って来た
俺は、ため息をつき・・・
「わ、分かったよ・・・俺の生い立ちなんて、大したことは無い・・・俺は、福島で生まれたらしく、物心がついた頃から、孤児院で過ごしていたんだよ」
と、仕方なく自分の生い立ちを話していった
「えっ・・・伴憲さんの両親っていないの?」
「あ~~そいつら今頃どうしてるかな?・・・俺の場合、孤児院の前で“捨てられた”みたいだからな」
“捨てられた”
と、口にする時、俺は、自分でも驚くほど”何の感情”も湧かなかった
捨てた相手の顔も知らない・・・恨む材料もなかった
ただ、物心がついた時には、孤児院の畳の上で、同じような境遇の子供たちと、ご飯を食べていた・・・それが俺の世界の全てだった
「うそ・・・捨てられたって、そんなことって」
「でも、孤児院の環境は良かったぜ・・・みんないい奴ばっかりだったからな」
「それなら良かったね~~」
「そうだな・・・一八歳で孤児院を出て、上京して、“段ボール”造る会社に就職した後、それなりに懸命に働いたら、それなりに出世したよ・・・お陰で、俺を育ててくれた、孤児院にも仕送りが出来たよ」
「ちゃんと、恩返ししてたなんて・・・素敵だわ」
「だが、東日本大震災で、俺の孤児院が被災して、そこにいた連中全て亡くなったよ・・・俺は天涯孤独の身になった訳だ」
二〇一一年三月一一日・・・その日、俺は東京の会社にいた
デスクが揺れた・・・本が落ちた・・・ビルの外に出たら、電線が揺れていて、道路に女性が蹲っていた
夕方、テレビで津波の映像を見た時、孤児院の電話が繋がらなかった
その晩、職場のテレビの前で、俺は動けなくなった
二日後、新幹線も止まっていたから、レンタカーで北に向かおうとしたが、燃料が尽きた
結局、孤児院の跡地に立てたのは、数ヶ月後だった
そこにあった筈の建物は、基礎コンクリートだけが残っていて、その上に、瓦礫と、泥と、誰かのランドセルが、一つ、転がっていた・・・
誰のものだったかは、分からなかった・・・
だが、あの朝、俺が孤児院を巣立った時に抱きしめた園長先生も、一緒に遊んだ仲間も、皆、その瓦礫の下のどこかにいるのだった
・・・今、思い出しても、胸の奥が、静かに痺れる
俺は、そう語りながらも、細部までは、香織には話さなかった・・・話せなかった、というべきか
「そ、そんな事って」
「その後、福島原発事故の放射線もれ風潮のせいで、俺は除け者にされ、最終的に、大阪に配属されたんだ」
「何?それ・・・差別じゃん」
「処が、大阪の方は、東京みたいに放射能もれ風潮が無かったために、一緒に働いている連中と打ち解けて、一生“大阪”に住もうと決心したよ」
「良かったじゃないの」
「その一年後かな・・・聡子と出会ったのは」
と、言った具合に、俺の生い立ちの話を終わらせることが出来た
話しながら、俺は一つ、自分の中で筋道が見えた気がした
天涯孤独になった俺が、大阪で、隣の部屋の女の自殺を止めた
あれは、偶然ではなかったのかもしれない・・・
孤児院を失い、自分の「家」を失った俺は、無意識に
(もう誰にも、自分のような思いをさせたくない)
と、思っていたのかもしれない
だから、聡子を、手放せなかった・・・聡子も、俺にとって、自分の最後の“家族”だったのだ・・・
俺は、澄まし顔で
「余り、大した事なかっただろ?」
と、言ったら、香織、興奮気味に
「かなりの波乱万丈な生い立ちです・・・あたしだったら生きて来れなかったかも」
と、感心してたので
「幾分か、君よりマシな人生だと思うけどな」
と、言い返した
香織、キョトンとした後、にっこりと笑みを浮かべ
「でも・・・伴憲さんの事知れて良かったです・・・もっと欲を言うと、聡子さんの事もしりたかったな~~」
と、聡子の事をまで知ろうとしたので、自分の妻の境遇を、他人に教えたくない・・・
「それは、幾ら頭を下げられても、言えないな~~」
と、言って断った
香織は、少し寂しげな顔をしながら
「言うと思ったよ」
と、言い“缶酎ハイ”をぐいっと飲みほした後、にっこりと笑い
「お休みなさい」
と、自分の部屋へと帰っていった
まさか、出会って間もない者に、俺の生い立ちを話すとは思わなかった
誰にも話した事のない事を、何故、この娘には話せたのだろう
考えてみて、一つだけ、答えらしきものが浮かんだ
この娘も、俺と同じく、“帰る家”を失いかけている娘だからだ
・・・そう気付いた時、俺は、少しだけ、胸の奥が熱くなった

・・・・・
次の朝に、大和ミュージアム、その後、宮島・厳島神社に行った後、山口に入った頃には、夜になり、ビジネスホテルを探し、見つけ次第チェックインして、それぞれの部屋に入り、休む事となった
呉市海事歴史科学館・・・
通称『大和ミュージアム』は、平成一七年(二〇〇五)に開館した博物館で、シンボルは一階の「大和ひろば」に展示された、十分の一スケールの戦艦「大和」だ。全長二六・三メートル
設計図や、海底の沈没艦の潜水調査映像、乗組員の証言を元に、細部まで精巧に再現されている
そのほか、零式艦上戦闘機六二型の実機、人間魚雷「回天」、特殊潜航艇「海龍」などの実物資料が並ぶ
旧海軍と呉海軍工廠の歴史、そして戦後の造船技術の発展・・・そういった「呉の歴史」が、淡々と展示されている
初代館長の戸髙一成氏は、「戦争賛美ではなく、平和学習の場として」という方針を掲げた
歴史認識の判断は、来館者一人一人に委ねる。それが、この博物館の流儀だ
俺は、十分の一の「大和」の艦首の前に立って、しばらく動けなかった
こんな巨大なものを、人間が造って、そして沈めたのか
造った呉の工廠の職人たちの手と、沖縄に向かう途中で海に沈んだ三〇五六名の命と、その両方が、この模型一つの中に圧縮されている気がした
香織も、いつものようにはしゃがず、静かに展示を見て回っていた
回天の実物の前では、少し立ち止まって、何も言わなかった
「・・・人って、こんなの造るんだね」
と、ぽつりと呟いた
「・・・造るんだ」
と、俺も応えた
聡子なら、ここで何と言っただろう・・・多分、何も言わなかっただろう、と思った
聡子は、言葉にならないものは、言葉にしない人だった・・・
ただ、横に並んで、同じものを見て、同じ時間を過ごしてくれる・・・それだけで、十分だった

展望テラスに上がると、呉湾が一望できた
かつての戦艦「大和」の建造ドックの跡地は、今はジャパン・マリンユナイテッド呉事業所となり、大型のタンカーや貨物船が、静かに建造されている
クレーンが並び、灰色の船体が、次々と海へと送り出されていく
戦艦を造った地が、今は、世界中に荷を運ぶ船を造っている
歴史は、そうやって、少しずつ形を変えながら続いていく
・・・・・
呉を発ち、宮島へ向かった
宮島口からフェリーで、約十分・・・日本三景の一つ、「安芸の宮島」だ
推古天皇元年(五九三)に、地元の有力者・佐伯鞍職によって創建されたと伝わる厳島神社は、平安時代末期の仁安三年(一一六八)、平清盛によって、現在のような海上の寝殿造社殿へと大修築された
島全体が神と見做されていたため、木を切らず、土を削らず、海の上に社殿を建てた・・・そう伝えられている
本殿、拝殿、回廊など六棟が国宝、一四棟が重要文化財
一九九六年には世界文化遺産に登録された
シンボルは、社殿の沖合約一六〇メートルに立つ、朱塗りの大鳥居
高さ一六・六メートル、重さ約六〇トン・・・木造の鳥居としては日本最大
現在のものは明治八年(一八七五)に再建された九代目
主柱はクスノキの自然木で、海底に埋め込まれているのではなく、自重だけで立っている・・・という、驚くべき構造だ
俺と香織が渡った時は、ちょうど満潮だった・・・
朱塗りの回廊が、海の上にふわりと浮かんで見える・・・回廊の床板は、わずかに隙間を空けて張られている
高潮の時に、水圧を抜くための工夫だ
板の隙間から、青い水面が、きらきらと光って見えた
香織は、大鳥居を見上げて、珍しく言葉少なだった
「・・・大きいね」
それだけ言って、しばらく黙っていた
俺は、聡子と、ここに来た日の事を思い出していた
あの日は、干潮で、大鳥居の根元まで歩いて行けた
聡子は、鳥居の主柱に、そっと手を当てて
『このお柱が、何百年も、海に立ってるのね・・・私たちの一生なんて、このお柱の時間と比べたら、一瞬ね』
と、低い声で呟いた
あの時、俺は「そうだな」と、一言だけ答えた
今にして思えば、もっと、何か気の利いた事を言ってやれば良かった
一瞬の人生でも、一緒に過ごせて良かった、とか・・・
でも、俺は、そういう事を声に出して言うのが苦手な男だった
聡子も、多分、それを知った上で、俺の「そうだな」を受け止めてくれていた

厳島神社を後にして、山口に入った頃には、夜になった
適当なビジネスホテルを探し、見つけ次第チェックインして、それぞれの部屋に入り、休む事となった
この日の香織は、俺に対しやたらと密着し、色々話しかけて来て、まるでカップルの様に振る舞っていた
レストランでも、並んで座らないと拗ねた・・・フェリーの甲板でも、俺の腕に手を回して離さなかった
周りの観光客の視線が、やたらと俺に向けられていた・・・
ここまでされると流石に、聡子に対して申し訳ないと思ってしまう
あの「道の駅」で、ヒッチハイクをしていた香織を乗せた事に、戸惑いと後悔の念が押し寄せていた
しかし・・・同時に、小さな疑問が、俺の中で頭をもたげていた
本当に、俺は、後悔しているのか?
後悔している、と自分に言い聞かせているだけではないのか?
もし、あの「道の駅」で、香織を見なかった事にしていたら・・・俺は今、もっと、楽に、聡子の事だけを思う旅をしていたのだろうか
・・・多分、違う
あの「道の駅」で、俺が香織を助けていなければ、俺は、ずっと
『聡子を愛していたのか?』
と、いう疑念を抱えたまま、誰にも問えず、自分の中だけで答えを探し続けていただろう
この香織という娘は、その疑念を、俺の口から引きずり出してくれる存在なのかもしれない・・・
そう思った瞬間、俺は、助手席のダウンジャケットに向けて、心の中でだけ、小さく頭を下げた
(聡子、少しだけ、辛抱してくれ。もう少しで、答えが出そうなんだ)
窓の外で、山口の夜が、静かに更けていった・・・
第4話へ・・・
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