筋肉の大きさだけが「すごさ」ではない。カリステニクスを見て思ったこと
最近、カリステニクスの動画を見ることがある。
カリステニクスとは、器具に頼りすぎず、自分の体重を使って体を鍛えるトレーニングのことだ。懸垂、ディップス、逆立ち、そして鉄棒や平行棒を使った静止技など、筋力とバランス感覚の両方が求められる。
体はボディービルダーのように大きすぎるわけではないが、一般人から見ると十分すぎるほど筋肉質で、しかも動きが驚くほど美しい。
例えば、両手で体を支えたまま地面と平行に静止したり、逆立ちの姿勢を長時間保ったりする。こうした動きは、単に筋肉が大きいだけではできない。
必要なのは、
* 筋力
* 体幹の強さ
* 柔軟性
* バランス感覚
* 全身の連動性
である。
自分は普段、ベンチプレス、スクワット、チンニングを中心に鍛えている。これらは筋力向上にも筋肥大にも非常に効果的な種目だ。
ただ、カリステニクスの動きを見ていると、「自分は一方向の強さを鍛えているのに対し、彼らは全身を自在に操る能力そのものを鍛えているのだ」と感じる。
もちろん、どちらが上という話ではない。
筋肉を大きくすることも素晴らしいし、自分の体を思い通りに操ることもまた、別の意味で非常にかっこいい。
こうしたトレーニングを少し取り入れることで、
* 体の使い方がうまくなる
* ケガの予防につながる
* 動きの安定感が増す
といった効果も期待できそうだ。
筋肉の大きさを追い求めるのもいい。
しかし、「体を自由に操れる」という強さにも、大きな魅力がある。
最近、そんなことを改めて感じた。
