【インターフォン】#1 創作大賞2026ミステリー小説部門
あらすじ
上京したばかりの中村陽菜は、ホームセンターで何気なく展示用インターフォンを押した。チャイムに答えるように、「吉村ですが」と名乗る女性が応答する。
ホームセンターのインターフォンと、どこか遠くの民家。本来なら繋がるはずのない二つの場所を結ぶ不思議な通話。
慣れない仕事と一人暮らしに疲れた陽菜は、いつしかインターフォン越しに女性と会話を重ねるようになる。
なぜホームセンターのインターフォンは彼女の家に繋がるのか。
やがて陽菜は、インターフォンの向こう側に隠された思いもよらない真実へ辿り着く――。
今日も仕事終わりにホームセンターへ駆け込む。閉店まで残り三十分。
急いで人目につかないよう、インターフォンの販売コーナーへ向かう。角から二番目、一番安いインターフォンの前に立つと、迷わずボタンを押した。
「ピンポーン」
⸻
三月から上京した中村陽菜は、初めての一人暮らしに胸を躍らせていた。
ワクワクと不安が入り混じる中、1DKの部屋に積み上がった段ボールを一つずつ開けていく。
その時だった。
カサカサ――。
目の端で、黒く光る影が素早く動くのを捉えた。
咄嗟に身構える。
まだ取り付けたばかりのカーテンの陰から、誰もが嫌がる“あいつ”が姿を現す。
「ひっ……!」
悲鳴を上げながら、陽菜は携帯と財布と家の鍵だけを急いで掴んで部屋を飛び出した。
一人暮らしだと、こういう時も自分でどうにかしなければならないのか。
――今までは、お父さんがどうにかしてくれてたのにな。
キラキラした新生活への期待は、黒い影と共に消え去った。
スマホのナビを起動し、近くのホームセンターを検索する。
十分ほどの場所に大型店が表示された。
慣れない街を歩きながら店へ向かった。
ホームセンターへ着くと、夕方の店内は人もまばらで、どこか静かだった。
陽菜は殺虫剤を手に取り、買い物かごへ入れる。
他に必要な物はなかっただろうかと売り場を見て回っていると、住宅用インターフォンのコーナーが目に入った。
こういうの、つい押したくなるんだよな。
そんな軽い気持ちで、ボタンを押した。
「ピンポーン」
『はーい。どちら様ですか?』
女性の声が返ってきた。
陽菜は思わず肩をびくつかせた。
――しまった。店員さんにつながってしまった。
「す、すみません。試しに押しちゃいました」
慌てて謝ると、相手は少し間を置いてから戸惑った声で言った。
『吉村ですが?』
店員なら、別に名乗らなくてもいいのに。
そう思いながらも、陽菜は画面上部のカメラへ向かってぺこぺこと頭を下げながら言った。
「吉村さん、すみません。インターフォン、ちょっと試してみたくて押してしまいました。買うわけじゃないので大丈夫です」
『……はぁ』
納得していないような声が返ってくる。
『切りますね』
通話が切られた。
客の自分が変に気を遣ってしまったことが、だんだん馬鹿らしくなってくる。
陽菜はやり場のない苛立ちを抱えたまま、殺虫剤だけを買い、店を後にした。
続く
