【インターフォン】#2 創作大賞2026ミステリー小説部門
「ここの店、カニクリームパスタとジェノベーゼが人気らしいよ。楽しみー」
神田綾香は、同じ時期に上京してきた高校時代からの友達だ。
東京に来たからには、二人で美味しい店を制覇しよう――そう約束していた。
今日はお互い入社前で時間があり、さっそくSNSで話題のパスタランチの店へ来ていた。
店に着いて早々に陽菜の愚痴は止まらなかった。
新居に現れたゴキブリ騒動からホームセンターでのインターフォンの件までを次々と話した。
「普通さぁ、お店の人ならもう少し愛想よくした方がよくない?」
「まぁでも、陽菜も買う気ないのに押したんでしょ?」
呆れ半分で笑いながら綾香が言った。
「そうだけどさー。でも、買うか買わないかなんてお店の人には分からないじゃん」
「でも、インターフォン越しにお店の人が応答してくるなんて珍しいよね。
それより聞いてよ。私の職場に、かっこいい先生がいるらしくてさ――」
綾香の言葉が引っかかった。
確かに本来なら、従業員本人が売り場まで来るのが普通じゃないか。
陽菜はふと、小さな違和感を覚えた。
「ちょっと陽菜、聞いてる?」
「あっ、うん。聞いてるよ」
「お待たせしました。カニクリームパスタでございます」
綾香の話をほとんど聞いていなかったので、運良く料理が運ばれてきて助かった。
2人ともこの店1番人気のカニクリームパスタを頼んでいた。
「うわぁ、美味しそう!」
二人は一旦会話をやめ、フォークを手に取り一口頬張った。
瞬間、思わず顔を見合わせる。
「美味しいー!」
さすが、SNSで話題になるだけはある。
田舎とまではいかないものの、地元では食べられない味に、二人は感動し、しばらく夢中でパスタを食べ進めた。
食後のカフェラテを飲みながら、綾香がぽつりと言う。
「私の勤務する病院夜勤もあるからさ、これから忙しくなりそう。慣れるまで、こういう美味しいランチとも当分お別れだなぁ」
綾香は四月から、大きい総合病院で看護師として働くことが決まっている。
「えー、残念。次のお店、もう目星つけてたのに」
「落ち着いたらまたすぐ行こうね」
「うん、連絡してね。」
そう言って二人は別れた。
⸻
四月になり、陽菜は制作会社へ入社した。
忙しい業界だと聞いてはいたが、新人研修と呼べるものはほとんどなく、入社早々から即戦力として働かなくてはいけない状態だった。
会社が人手不足な上に、案件まで重なっているのが原因のようだ。
陽菜が慣れない仕事にバタバタしていると
「中村さん、ごめんね。今ちょうど案件が重なっちゃっててさ。入社早々、大変だよね」
先輩社員の今川大輝が、自販機で買った缶コーヒーを差し入れに持ってきた。
「お願いだから辞めないでね」
冗談めかして笑う今川に、陽菜も曖昧に笑い返した。
「あ、ありがとうございます。頑張ります」
そう答えたものの、"缶コーヒー"一本では割に合わない忙しさだ。
五月末の納期まで、この状態が続くのか。
そう思うだけで、陽菜は軽く眩暈がした。
続く
