【インターフォン】#5 創作大賞2026ミステリー小説部門
次の日から、帰りにホームセンターへ寄るのが陽菜の日課になった。
もう繋がらないかもしれない――そう思っていたが、インターフォンは驚くほどあっさり繋がった。
仕事が早く終わっても、ホームセンターへ着けるのは19時半過ぎになる。だが、20時閉店間際の店内は人も少なく、誰にも不審がられず話せるのは都合がよかった。
「吉村さん、体調は大丈夫なんですか?」
娘はまだ生まれたばかりらしく、夜も昼も授乳のために起きなければならないようで、かなり寝不足だという。産後の体調も、まだ万全ではないらしい。
『まだ産後で大変だけど、いいの。この時間が私の楽しみなんだから』
吉村さんはそう言って笑った。
陽菜は、その日にあった出来事を日記のように吉村さんへ話した。
吉村さんはいつも、
『うん、うん』
と優しく相槌を打ちながら聞いてくれる。
陽菜にとっても、吉村さんとの会話は忙しい日常の中での心の拠り所になっていた。
「今日、二回目の給料日だったんです。初任給は一人暮らしで足りないものを揃えたら、ほとんどなくなっちゃって」
『そうよね』
吉村さんも懐かしそうに笑った。
『私も昔、一人暮らしをしていたことがあるの。最初は本当に物入りだったわ』
陽菜は少し照れくさそうに言った。
「だから二回目なんですけど、初任給のつもりで父に何かプレゼントしようかなって思ってるんです」
『それ、お父さん絶対喜ぶわよ』
吉村さんは楽しそうに言った。
『何をあげるの?』
「それがまだ決まってなくて」
『うちの主人は晩酌はしないんだけど、ご飯の後にコーヒーを飲みながらゆっくりするのが好きなの』
陽菜の父もお酒は弱く、どちらかといえばコーヒー派だった。
『だからマグカップなんてどうかしら』
「それ、いいですね!」
スマホで検索すると、名入れができるマグカップが見つかった。
「あ、名前を入れてくれるみたいです」
『特別感があって素敵ね』
陽菜はその場で父宛てに注文した。
「結局、自分でお店を回ったわけじゃなくて、携帯でポチポチしただけなんですけどね」
『そんなことないわ』
吉村さんは優しく言った。
『その気持ちだけで十分嬉しいものよ』
少しだけ間を置いて続ける。
『まだ赤ちゃんだけどね。娘が大人になって、いつか私にプレゼントしたいって思ってくれる子になってくれたら、それだけで幸せだと思うわ』
陽菜はそういうものなのかなと思った。
夏の気配を感じ始めた頃、陽菜は一本の短いウェブCMの動画編集を初めて任されることになった。
自分が評価され、任された初めての仕事だ。
自然と気合いが入る。
その日の仕事帰り、陽菜は真っ先に吉村さんへ報告しに行った。
「今日、私、初めて仕事を任されたんです。短いCMの編集なんですけど、すごく気合い入ってます」
『すごいじゃない。あなたなら絶対大丈夫。私も応援してるわね』
「ありがとうございます。なので、少しの間は残業が増えちゃうと思います。でも、完成したら絶対見てくださいね」
『えぇ。楽しみにしてるわ』
次の日から仕事はさらに忙しくなった。
ホームセンターは二十時に閉店してしまうため、しばらく吉村さんと話すこともできなくなる。
それでも陽菜は、納得のいく編集を作りたかった。
クライアントの要望を何度も確認しながら、細かい部分までこだわって制作を進めていく。
一週間後。
ようやく、自分なりに納得のいくCMが完成した。
陽菜は達成感を覚えながら、データをメールで送信する。
――絶対に喜んでもらえる。
そう確信していた。
しかし、返ってきた返信は予想とはまるで違っていた。
“やはり方向性を変えたい”。
そんな内容だった。
しかも、部分的な修正ではない。
ほとんど一から作り直してほしいという指示だった。
さらに――。
あと二日で完成させてほしい、という要望まで添えられていた。
続く
