【インターフォン】#7 創作大賞2026ミステリー小説部門
「中村さん、ちょっといいかな」
「はい?」
夕方。
案件の確認を終えた陽菜が席で資料を整理していると、今川が声を掛けてきた。
今川は自分の仕事の合間に陽菜の仕事もサポートをしてくれて頼もしい先輩だった。
以前の案件がダメになってしまった後、落ち込む陽菜を心配してか、その後も何気ない話で笑わせてくれる今川に、陽菜は少しずつ惹かれていた。
「少し相談したいことがあるんだけど」
珍しく真面目な表情だった。
陽菜は慌てて立ち上がる。
「何かありました?」
「いや、そんなに構えなくて大丈夫」
今川は苦笑した。
「オフィスの下に入ってるカフェ、空いてるかなと思って」
数分後。
二人はビルの一階にあるカフェの窓際席に向かい合って座っていた。
コーヒーを一口飲んだ今川が言う。
「中村さん、最近かなり仕事任されるようになったよね」
「そうですか?」
「うん。最初の頃と比べたら別人」
そう言われると少し照れくさい。
「今でも失敗ばかりですよ」
「それでも続けてるじゃん」
今川は笑った。
「正直、入社して三か月くらいで辞めると思ってた」
「ひどくないですか?」
「だって本当に大変だったから」
二人は顔を見合わせて笑う。
ふと、今川が真面目な表情になった。
「でも、続けてくれて良かった」
その言葉に、陽菜は少しだけ胸が高鳴った。
「仕事の合間とかよかったらここでコーヒーでも飲みながら話せたらなと思って」
「嬉しいです。また誘ってください。」
耳を赤くして照れたように言う今川に、陽菜も顔を赤くしながら言った。
その日も陽菜は仕事帰りにホームセンターへ立ち寄った。
『聞いて聞いて』
珍しく吉村さんの方から弾んだ声が返ってくる。
『今日ね、娘が初めて寝返りしたの』
「えっ、本当ですか!」
陽菜も思わず声を上げた。
『そうなの。ほんの一瞬だったんだけどね。目を離した隙にころんって』
吉村さんは嬉しそうに笑う。
『主人と二人で大騒ぎしちゃったわ』
「それ絶対動画撮らなきゃダメなやつじゃないですか」
『慌てすぎて撮れなかったのよ』
「もったいない!」
二人で笑い合う。
『でもね、少し前まで寝ているだけだったのに、こんなに成長するんだなって思って』
どこかしみじみとした声だった。
『子どもって、本当にあっという間に大きくなるのね』
陽菜は苦笑する。
「私なんて社会人になったのに全然成長してる気がしませんけどね」
『そんなことないわ』
吉村さんは優しく言った。
『毎日ちゃんと頑張ってるじゃない』
その言葉に、陽菜は少し照れくさくなる。
「そうですかね」
『そうよ。娘もあなたも、ちゃんと成長してる』
陽菜は、相変わらず仕事で失敗することも多いが、真っ直ぐに褒めてくれる言葉に力が湧いて明日からも頑張れる気がした。
吉村さんの娘はこれからもこうやって、お母さんお父さんに支えられて元気に成長するんだなと、陽菜は微笑ましく思うのだった。
お盆休みに入り、父からマグカップのお礼の電話以来、久しぶりに電話がかかってきた。
『陽菜、元気か? 今日、帰ってくるんだろ?』
本当は帰ろうと思っていた。
けれど、陽菜には心に決めていることがあった。
「今日はちょっと用事があって。帰るの、明日か明後日になるかな」
そう答えながら、陽菜は朝七時から開店しているホームセンターへ向かっていた。
お盆休みだからだろうか。まだ朝の早い時間にもかかわらず、店内には思っていたより人がいる。
インターフォン売り場は頻繁に人が来る場所ではないため周囲に人影は少なかったが、それでも長く話していれば目立ってしまいそうだった。
陽菜は人目を盗むようにして、インターフォンのボタンを押す。
「ピンポーン」
『はい――』
「私です。今日からお盆休みに入ったので、朝から来ちゃいました」
『あら、そうなのね。朝から話せて嬉しいわ』
吉村さんの柔らかな声に、自然と頬が緩む。
「それなんですが、結構ホームセンターに人がいて……。よければ私、吉村さんの家の近くまで行くので、どこかで会いませんか?」
断られるかもしれないと思ったが
『それは嬉しいわ。もしよかったら、ぜひ家に来て』
吉村さんはそう言って住所を教えてくれた。
陽菜は慌ててメモを取る。
その住所は、公共交通機関を使って二時間ほどかかる場所だった。
「今から向かいますね」
そう告げてインターフォンを切ると、陽菜はそのまま最寄り駅へ向かった。
電車を二度乗り継ぎ、さらに最寄り駅からバスへ乗る。
窓の外の景色は、いつの間にか都会の風景から田舎の風景へ変わっていた。
広がる田んぼ。遠くに見える山並み。
こんな田舎と、あの都会のホームセンターのインターフォンが繋がっていたのかと不思議な気持ちになる。
バスを降りた時には、まだ昼前だった。
陽菜は目的の住所へ向かい、周囲を眺めながら歩いた。
やがて、田んぼに囲まれた住宅地の一角に
『吉村』と書かれた表札を見つけた。
「ここだ……」
続く
