蒲田駅~矢口渡駅 新線開業【8月14日 今日は何の日】(蒲田西特別出張所) #418
※本記事は
Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
公開しています。
無断転載・改変・商用利用を禁じます。
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※史料に基づき記述していますが、
必要に応じて
考察が入る場合があります。
城南大空襲
1945年 (昭和20年) 4月15日
夜間から未明にかけて
発生した空襲によって
蒲田周辺は
大きな被害を受けました。
目蒲線にも大きなダメージ
東京急行電鉄目蒲線の
蒲田駅~矢口渡駅も
被害を受け
休止を余儀なくされました。
池上線と目蒲線
池上電気鉄道と
目黒蒲田電鉄という
別会社であったため
駅の施設が分かれていました。
目蒲線の復旧
1945年 (昭和20年) 8月14日
従来の路線の復旧ではなく
新しい線路を建設して復旧しました。
この新線開業によって
初めて池上線と目蒲線の蒲田駅が
同じ位置に統一されました。

1936年6月11日
出典:国土地理院
道塚駅の運命
蒲田駅~矢口渡駅にあった
道塚駅(旧本門寺道駅)は
設置されることなく
休止のまま
廃止となりました。
道塚駅(旧本門寺道駅)データ
1925年 (大正14年) 10月12日
本門寺道駅として仮設されました。
1926年 (大正15年) 7月1日
正式開業しました。
1934年 (昭和9年) 10月1日
目黒蒲田電鉄は
池上電気鉄道を吸収合併しました。
1936年 (昭和11年) 1月1日
道塚駅に改称しました。
1939年 (昭和14年) 10月1日
目黒蒲田電鉄は
(旧)東京横浜電鉄を吸収合併しました。
1939年 (昭和14年) 10月16日
目黒蒲田電鉄は
(新)東京横浜電鉄に変更しました。
1945年 (昭和20年) 6月1日
休止。
1946年 (昭和21年) 5月31日
廃止。
道塚駅は
20年余りの営業に幕を閉じました。
本門寺道駅名の由来(考察)
駅の前を通る道が
六郷の渡しから続く
本門寺道(御練街道)に
由来するものと考えられます。
また、
「本門寺」
という名称を用いることで
池上本門寺への参詣客を
意識した駅名だったとも考えられます。
旧路線跡
矢口渡駅から進み
環状八号線アンダーパスの先に
不自然な区画が残されており
それが旧線の遺構と考えられます。
おわりに
大田区には
多くの軍需工場があったため
空襲によって
各所が大きな被害を受けました。
その被害からの復旧は
失われたものを戻すだけではなく、
街や鉄道の姿を
大きく変えることにもなりました。
Otapediaは、
道塚駅(旧本門寺道駅)と
旧目蒲線の路線を
「大田区無名の風景」
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
道塚駅(旧本門寺道駅)を
「大田区無名の呼称」
として
蒲田駅~矢口渡駅間の
新線が設置された
8月14日を
「大田区記憶の日」
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
博物館に展示されない
大田区の歴史を
展示する資料室
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
その活動や
痕跡は消えても、
地域に遺された軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『道塚駅』Wikipedia
2.『目黒蒲田電鉄』Wikipedia
3.『池上電気鉄道』Wikipedia
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