大倉陶園 設立【5月15日 今日は何の日】(六郷特別出張所) #328
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いま横浜に本拠を置く
大倉陶園。
その原点は、
現在の大田区西六郷にあった。
大倉孫兵衛(3代目)
1843年 (天保14年) 5月7日生
1921年 (大正10年) 12月17日没
実業家
経歴
絵草紙屋・萬屋
大倉書店
大倉孫兵衛洋紙店(現・新生紙パルプ商事)
日本陶器合名会社(現・ノリタケ)設立
大倉陶園 設立
日本の陶磁器産業の礎を
築いた人物の一人である。
なお、
いわゆる大倉財閥との関係はない。

出典:ノリタケ株式会社
大倉和親(おおくら かずちか)
1875年 (明治8年) 12月11日生
1955年 (昭和30年) 7月1日没
実業家
経歴
1876 森村組(現・森村商事)取締役
1904 日本陶器(現・ノリタケ)初代社長
1917 東洋陶器(現・TOTO)社長
1919 日本碍子(現・NGK)社長
1919 大倉陶園主
1921 伊奈製陶(後のINAX→現・LIXIL)社長
森村グループの中核として、
日本の
近代陶業・
衛生陶器・
電力用碍子産業を牽引した。

出典:公益財団法人 大倉和親記念財団
1919年 (大正8年) 5月15日
大倉親子は
美術陶器工場として
大倉陶園が設立した。
工場は現在の
ラヴィ・ドライビングスクール
(西六郷1-3-15)
付近に建設された。
この場所が
選ばれた背景には
海外時代に
黒澤貞次郎と
交友関係があったため
と言われている。
この日は
工場の地鎮祭
および起工した日である。
1922年 (大正11年)
製品の出荷を開始した。

撮影:Otapedia
戦時下と復興
1943年 (昭和18年)
工芸技術保存工場の
指定を受ける。
同年
東久邇成子(昭和天皇の長女)様の
ご成婚に際し、
食器調達を受け持ったが、
1945年4月15日の
城南大空襲で工場が全焼した。
1947年 (昭和22年) 4月
戦災からの再建復興。
翌年には
ディナーセットを
製作できるようになった。
1950年 (昭和25年) 5月
法人化し、
株式会社大倉陶園となる。
1959年 (昭和34年)
皇太子明仁親王と
(後の上皇陛下)
同妃美智子様の
ご成婚に際し、
晩餐会の食器を納める。
以後、
日本の皇室御用達窯として、
器を納め続けることとなる。
横浜市戸塚区に移転
1960年 (昭和35年) 6月29日
前年に着手していた
新工場に移転した。
現在
移転先となった
横浜市戸塚区に拠点を置く。
親会社のノリタケとともに
森村商事グループの一員である。
跡地は、
ラヴィ・ドライビングスクール蒲田や
志茂田小・中学校になっている。
この地に存在した事実として
東海道線には今も
「大倉踏切」
の名が残る。

東海道線「大倉踏切」
写真:Otapedia

撮影:Otapedia

撮影:Otapedia
大倉陶園 復元模型(説明)
大田観光協会に
展示されている。
ヘッダーの写真は、
左上に「大田運輸区」
右端に「東海道線」
となっている。
志茂田小・中学校から
ラヴィ・ドライビングスクールに至るまで
広大な敷地を
有していたことがわかる。
工場の半分近くが
農地になっている。

撮影:Otapedia
最後に
大倉親子の登場によって
日本の陶磁器産業は
大きく発展した。
それは単なる
一企業の成功ではなく、
日本の近代工業史を語る
一片でもある。
その出発点の一つが、
大田区にあったという事実は、
もっと知られてよいと思う。
Otapediaは、
大倉孫兵衛氏
大倉和親氏を
「大田区無名の偉人」
として
大倉陶園を
「大田区無名の企業」
として
かつてこの場所にあった
広大な大倉陶園敷地全体を
「大田区無名の風景」
として
大田観光協会にある
大倉陶園工場復元模型を
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
大倉陶園が創立した
5月15日を
「大田区記憶の日」
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1. Wikipedia『大倉陶園』
2. Wikipedia『大倉孫兵衛』
3. Wikipedia『大倉和親』
4. Wikipedia『黒澤貞次郎』
5. Wikipedia『カガミクリスタル』
6.(株)ノリタケカンパニーリミテド『ノリタケ100年史』(2005.03)
7.『クロサワグループ』沿革
写真
8『ノリタケ株式会社』沿革
9.『大倉和親』(肖像)公益財団法人 大倉和親記念財団
10.『大倉陶園工場復元模型』(大田観光協会)Otapedia撮影
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