馬込半白節成胡瓜 江戸東京野菜 (馬込特別出張所) #327
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大田区で生まれた江戸東京野菜
1897年 (明治30年) 頃
当時の馬込村で、
大井胡瓜と瓜を掛け合わせた
新たな胡瓜づくりが始まった。
馬込半白節成胡瓜の誕生
品種改良が進んで
1904年 (明治37年)
~1905年 (明治38年) 頃
馬込半白節成胡瓜と
呼ばれるようになった。

出典:大田区役所 産業経済課
種を固定するための苦労
『キュウリの花が咲く時期には、
早朝に畑に出て、
筆先で人工交配し、
他の品種の花粉が混じるのを避け、
結実すると見回り、
色・形の良いキュウリに印を付けた。
広げた種の中から
ピンセットで良いものを
一つずつより分けたと言われる。』
その品質を守るため、
気の遠くなるような作業が
繰り返された。

出典:大田区役所 産業経済課
馬込村中丸の篤農家
河原梅次郎の挑戦
河原梅次郎氏は
近隣の農家をまとめ
1920年 (大正9年)
採種組合『大農園』を設立した。
『原々種』と呼ばれていた
この胡瓜の種を
普及させるための組合であった。
河原梅次郎の普及活動
日本各地へ足を運び
熱心な普及活動に尽力した。
1922年 (大正11年) 8月には、
東京府から委託を受けた
『東京府農事試験場委託採種場』
として正式に認定され、
種子研究の拠点となった。
採種組合の設立と拡大
1935年 (昭和10年)
原種の保存と
品質の保持を目指して、
東京市農会大森出張場内に
事務所を設置した。
これ以降、
種は東京より南へ
出荷されるようになる。
馬込半白節成胡瓜の特徴
味はいいが日持ちが悪く、
流通には向かなかった。
この弱点と、
大田区という立地が、
後年の品種交代につながっていく。
新たな半白胡瓜の登場
太平洋戦争後、
神奈川県農事試験場
二宮園芸部で育成された
「相模半白」が流通し始めた。
こちらは、
青胡瓜と交配して造られた
別の品種で、
日持ちが良く
苦みが少ない。
相模半白を
馬込半白と
誤解している人が多い。
馬込半白節成胡瓜の終息
1965年 (昭和40年) 頃まで
生産・販売されたが、
地元の
野菜市場の廃止と
住宅化のため
作られなくなった。
こうして
純正種の馬込半白節成胡瓜は
姿を消した。

出典:大田区役所 産業経済課
復元を試みた人物
中馬込の波田野一治氏は、
長年復元に取り組み、
1986年 (昭和61年) 頃
満足出来る種子が
取れるようになった。
記念碑の建設
1996年 (平成8年)
JA東京大森が
都営浅草線西馬込駅近くに
(西馬込2‐20‐1)
発祥の地の記念碑を
建設した。

撮影:Otapedia
大田区の野菜と花
馬込半白節成胡瓜以外に
馬込大太三寸人参があり、
この人参も
江戸東京野菜で
大田区で
品種改良された人参である。
また、
馬込地区では
シクラメンの栽培も
盛んにおこなわれている。

出典:大田区役所 産業経済課

出典:大田区役所 産業経済課

中馬込3‐19‐1 宮ノ下児童公園内
向かいには 馬込シクラメン園があります
撮影:Otapedia

中馬込3‐20‐13
出典:JA東京中央
現在の馬込半白節成胡瓜
組合員が、
個人レベルでの生産を
おこなっており
「JA東京中央馬込支店」の店頭で、
(南馬込5‐39‐3)
場所を借りて
自主販売をしている。

撮影:Otapedia
大田区野菜と花の品評会
1948年 (昭和23年) 11月に開催された
「家庭菜園品評会」を前身とし、
現在も続く
歴史ある事業である。
区内農家の方が育てた
野菜と花の品評会が
大田区と
JA東京中央の支店によって
開催されている。

& JA東京中央農業感謝まつり
出典:大田区役所 産業経済課

出典:大田区役所 産業経済課

大田区公式キャラクター はねぴょん
JAキャラクター てる~んとふ~ら
写真:大田区役所 産業経済課
最後に
前日にあげた
「大田区最後の田植え」
と同じように
東京23区・大田区での
農業は
縮小傾向にある。
それでも、
日々農業に
携わっている方々に、
敬意を表したい。
Otapediaは、
馬込半白節成胡瓜の
品種改良と指導に尽力した
河原梅次郎氏を
「馬込半白節成胡瓜の父」
として
復元を試みた
波田野一治氏を
「大田区無名の偉人」
として
馬込半白節成胡瓜と
馬込大太三寸人参と
馬込のシクラメンを
「大田区未顕彰の地域遺産」
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『馬込と大田区の歴史を保存する会』
(大正から昭和に生まれた 瓜改良して作られた
特産馬込半白節成胡瓜)
2. Wikipedia『馬込半白胡瓜』
3.『大田区野菜と花の品評会』大田区役所 産業経済課
写真
4.『大田区の野菜と花』大田区役所 産業経済課
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