大田区青年館 開館 (現・雪谷文化センター)【5月20日】(雪谷特別出張所) #336
※本記事は
Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
公開しています。
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大田区青年館開館
1961年 (昭和36年) 5月20日
大田区最初の施設として
雪谷に
大田区青年館が開館した。
東京都でも
数少ない施設だったため
以降の青年館開館の
モデルとなったようです。

出典:Webおおた写真館
青年館開館の意義
地元の青年はもちろん、
“金の卵”として
地方から続々と
東京に集まった若者たちが
孤立しないための
交流の場所として開館した。
それは、
彼らの自主的・自発的な
活動を育てることを目的とした。
また、
宿泊研修などを通じて、
共同生活のルールや
協調性を学ぶ場ともなっていた。
このような活動を
推進する拠点であり、
地域コミュニティのつながりと
青少年の成長を支える場としての
重要な役割を担っていた。

出典:Webおおた写真館(大田区役所)
その後の青年館の歩み
定期映画会や
使用者のつどいなど
さまざまな
人々が集う活動を展開した。
雪谷青年館へ改称
1979年 (昭和54年) 4月16日
六郷地区に
大田区六郷青年館が
開館したため
大田区雪谷青年館に改称した。
雪谷文化センターへ改称
1985年 (昭和60年)
雪谷青年館から
雪谷文化センターへ改称した。
時代の変化とともに
名称や役割は変わったが、
人々が集い
活動する場としての流れは
受け継がれていった。
新館完成
1992年 (平成4年) 12月1日
新館完成し、
業務を開始した。
地域に根づいた場所
平成26年当時、
年間約85,000人の利用者があり、
大田区トップクラスの
利用者を誇った。
ひろばの会
この利用者による
「ひろばの会」の
加入サークルは
100余りに及ぶ。
また、
ひろばの会主体で開催される
「おまつり」も
毎年10月に開催され
地域交流の場として
親しまれている。
青年館通り
名称は変わってしまったが、
雪谷文化センターの
前の通りには、
「青年館通り」の名前が
残っている。

©2026 Google
最後に
時代の流れとともに
その役割や
姿を変えてきた
青年館。
Otapediaは、
大田区青年館を
「大田区無名の風景」
として
大田区青年館と
青年館通りを
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
大田区で初めて
青年館が開館した
5月20日を
「大田区記憶の日」
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは、
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『ふれあい雪谷』平成26年7月 あさがお号 通巻第95号
写真
2.『Webおおた写真館大田区立雪谷文化センター』大田区役所
3. Otapedia
4. 『青年館通り』Google マップ
ふれあい雪谷 平成26年7月
https://www.city.ota.tokyo.jp/chofu/ts_yukigaya/jouhoushi/fureaiyukigaya051_100.files/fureaiyukigaya095.pdf
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