龍子記念館 開館【6月6日 今日は何の日】(新井宿特別出張所) #350
※本記事は
Otapedia公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
公開しています。
無断転載・改変・商用利用を禁じます。
© Otapedia 2025
龍子記念館 開館
川端龍子の
文化勲章受章と
喜寿を記念して
社団法人青龍社は、
1963年 (昭和38年) 6月6日に
龍子記念館を開館しました。
館内には、
青龍社が所蔵していた
川端龍子の作品が
展示されました。

川端龍子
1885年 (明治18年) 6月6日
~1966年 (昭和41年) 4月10日
本名 昇太郎
和歌山県出身の日本画家・俳人。
1966年 (昭和41年)
池上本門寺大堂の
天井画「龍」の制作中に
逝去し、
作品は未完となりました。
墓所は、
先に亡くなった
弟で俳人の川端芽舎とともに
静岡県伊豆市
修善寺の裏手にあります。

出典:大田区文化振興協会
龍子の代表作品
『鳴門』
1929年 (昭和4年)
山種美術館蔵
『草炎』
1930年 (昭和5年)
東京国立近代美術館蔵
『香炉峰』
1939年 (昭和14年)
大田区立龍子記念館蔵
龍子公園
龍子記念館の向かいには、
川端龍子の旧宅と
アトリエを保存した
龍子公園があります。
終戦の二日前
1945年 (昭和20年) 8月13日
空襲により
建物は焼失しました。
その際に出来たくぼみに
湧水を引き込んだ
“爆弾散華の池”
も保存されています。
現在の建物は
1948年 (昭和23年) に
再建されたものです。
現在この龍子公園は、
開館日に
ガイド付きで
見学することができます。
(スケジュール要確認)

出典:大田区文化振興協会
銘・毘沙門天立像
自邸内に持仏堂を建て
古仏を安置していました。
これらのうち、
重要文化財指定の
「銘・毘沙門天立像」
(1162年 (応保2年)) は、
遺族により
東京国立博物館に
寄贈されています。
現在の龍子記念館
1990年 (平成2年)
運営を行ってきた
社団法人青龍社の
解散にともない、
建物と作品は、
全て大田区に寄贈されました。
1991年 (平成3年) 11月3日からは
大田区立龍子記念館として
その事業を引き継いでいます。
1993年 (平成5年) 6月1日
画室と庭園の公開も開始しました。
(現在の龍子公園)

撮影:Otapedia
国登録有形文化財(建造物)の登録
2024年 (令和6年) 3月6日
龍子記念館と
龍子公園内にある旧川端龍子邸は、
国登録有形文化財(建造物)に
登録されました。
1 『旧川端龍子(りゅうし)邸主屋及び中門』
2 『旧川端龍子邸仏間棟』
3 『旧川端龍子邸持仏堂』
4 『旧川端龍子邸画室』
5 『龍子記念館』
最後に
龍子記念館は、
川端龍子
自らの構想によって
設立された美術館であり、
その作品と精神を
今日に伝える貴重な文化施設です。
開館から60年以上が経過した
現在も、
多くの人々が
川端龍子の芸術に
触れる場として
親しまれています。
Otapediaは、
川端龍子を
「大田区準特別顕彰区民」
として
龍子記念館と
龍子公園を
「大田区無名の風景」
「大田区未顕彰の地域遺産」
として
龍子記念館が開館した
6月6日を
「大田区記憶の日」
として記録します。
大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは、
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。
彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡を
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
「Otapedia独自の呼称」であり
「大田区公式の認定ではありません」。

出典
1.『龍子記念館』大田区文化振興会
2.『龍子記念館及び旧川端龍子邸の
国登録有形文化財(建造物)登録について』大田区役所
#かえる11号
#Otapedia
#デジタルアーカイブ
#地域史
#LocalHistory
#SDGs11
#大田区
#OtaCity
#新井宿特別出張所
#龍子記念館
#川端龍子
#社団法人青龍社
#鳴門
#草炎
#香炉峰
#龍子公園
#爆弾散華の池
#毘沙門天立像
#重要文化財
#東京国立博物館
#国登録有形文化財
#大田区特別顕彰区民
#大田区準特別顕彰区民
#大田区裏名誉区民
#〇〇の父
#日本初
#大田区初
#大田区発祥
#大田区唯一
#大田区の逸品
#大田区無名の偉人
#大田区無名の企業
#大田区無名の産業
#大田区無名の風景
#大田区無名の組織・集団
#大田区陰の功労者
#大田区未顕彰の地域遺産
#大田区記憶の日
いいなと思ったら応援しよう!
いつもご覧いただき、誠にありがとうございます。
皆様からの温かいご支援が、
私の活動の大きな支えとなります。