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トーヨーボール池上【5月31日 今日は何の日】(池上特別出張所) #344

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
 無断転載・改変・商用利用を禁じます。
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1968年 (昭和43年) 5月31日 

大田区内を通る
池上の国道一号線沿いに
東洋郵船傘下の
「ワールドレーンズトーヨーボール」
がオープンしました。
オーナーは横井秀樹氏でした。

横井氏は、
戦時中池上に
軍需工場を展開していたことでも
知られている。

その後、
トーヨーボール池上
改称されます。

不動産王で名を馳せた
横井氏は、
晩年には
資産の多くを手放しており、
最後まで
所有していた不動産が、
ダイエー碑文谷店
トーヨーボール池上であったという。


東洋一のボウリング場

高度経済成長期の 
ボウリングブームに乗って
A館・B館合わせて
504レーンを擁する
巨大ボウリング場として
君臨しました。

横井氏は、
各地で
巨大ボウリング場経営を
展開しており、
1972年(昭和47年)には
故郷・名古屋にも
「ナゴヤトーヨーボール」
開業しています。

写真:「世界最大」 トーヨーボール池上
出典:脳内メモリ様

女子プロボウラーブーム

昭和40年代後半、
中山律子プロや
須田開代子プロら
人気女子プロボウラーの
活躍もあり、
ボウリングは一大レジャーとして
全国的な熱狂を生み出します。

ブーム終息後も、
トーヨーボール池上では
28レーンx4フロアで
24時間営業が行われていました。


横井秀樹氏の最晩年

手元に残った
ダイエー碑文谷店
トーヨーボール池上、
この2店舗を巡回するのを
日課としていました。

1998年 (平成10年) 11月30日
いつものように
巡回していましたが、
途中で具合が悪くなり
昏睡状態に陥って
そのまま病院に運ばれました。
しかし意識が戻ることはなく、
午前11時42分 
虚血症心疾患のため
85歳で亡くなりました。

墓所は多磨霊園です。


横井氏がトーヨーボール池上を所有し続けた理由(考察)

これは記述がないので
推測の域を出ませんが。

しかし、
トーヨーボール池上が
建っていた場所は、
戦前に横井氏が建設した
4カ所軍需工場のうちの
1か所でした。

この地に
ボウリング場を建設し、
そして最後まで
トーヨーボール池上
所有し続けたことも、
単なる偶然では
ないのかもしれません。


営業再開と閉館

2005年 (平成17年) 3月6日より
3階フロアのみの28レーンで
営業を再開しました。

しかし、
2008年 (平成20年) 6月1日 
世界最大の
看板を掲げたボウリング場は、
40年の歴史に幕を閉じました。


競売と建物の転用

大田区のボウリング場を37億円超で落札

不動産会社の
ピーズコーポレーション(本社:港区)は
2007年 (平成19年) 10月、
大田区池上3丁目にあるボウリング場
トーヨーボール池上を
競売で取得しました。

落札価格は、
37億8,880万円。

売り主は遊技場経営を手がける
テンガイ(本社:福岡市)と
三立興産でした。

入札には6者が参加したそうです。


2012年 (平成24年) 5月24日 

建物はリニューアルされ
Arrow池上(パチンコ店)
に生まれ変わり
大田区最大のアミューズメントとして
14周年を迎えました。

写真:Arrow池上 14周年 記念ポスター
出典:Arrow池上
写真:トーヨーボール池上に劣らない
立派な外観のArrow池上
撮影:Otapedia

大田区のボウリング場

トーヨーボール池上閉館後も
大田区内には
複数のボウリング場が
営業していました。

2024年 (令和6年) 12月31日には
そのうちの一つ、
ACボウル蒲田が
53年の歴史に幕を閉じました。

現在、
大田区内では、
平和島スターボウル
蒲田IMONボウル
の2カ所で
営業が行われています。

写真:閉館後のアスレチッタ蒲田
撮影:Otapedia

最後に

足跡を追うことで
見えてくる風景が
変わってくることを
改めて認識しました。

偶然なのかもしれないけど
横井氏は、
少なからず
「池上」という地に
思い入れが
あったのではないかという
結論に達しました。

Otapediaは、
横井秀樹氏を
「大田区無名の偉人」
として 
国道1号線沿いにそびえ建つ
トーヨーボール池上を
「大田区無名の企業」
「大田区無名の風景」
「大田区未顕彰の地域遺産」
として 
同じく
国道1号線沿いにそびえ建つ
Arrow池上を
「大田区無名の風景」
として
トーヨーボール池上が
開業した5月31日と
閉店した6月1日を
「大田区記憶の日」
として記録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動 
私たちは、
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。
これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。


出典
 1.『思い出のボウリング場』第60回
 2. Wikipedia『横井秀樹』
 3.『雪見のブログ』
 4.『日経BP』不動産マーケット情報 2007.11.13
 5.『Arrow池上』14周年HP
ヘッダー写真
 6.『トーヨーボール池上』雪見のブログ様

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