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アジアの製菓王 森平太郎 前編 (大森西特別出張所) #55

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新高製菓の設立

台湾に渡り「一六軒」開業し、
キャラメル工場を譲り受け、
製法の取得も行いました。

そして、満を持して、
1905年 (明治38年)
台北市本社を構える
「新高製菓」を創業しました。

 ※社名は台湾の最高峰新高山
  
(統治下の日本名、現在の玉山 標高3952m)
  から名付けました。[²]


順風満帆ではなかった新高製菓

平太郎は自ら、
北投温泉までの12kmの道のりを
歩いて商品を売る行商という
原始的な手法でした。

その地道な努力が実を結び
売上を伸ばしていきました。

躍進のきっかけとなった新製品の開発

その後現地で生産されていた
台湾バナナに着目します。

この着想から
1917年 (大正6年) には
白双糖と牛乳を組み合わせた
ミルクキャラメルに
現地の特産品である
バナナの風味を加えた
「新高バナナキャラメル」
 (香蕉ミルクキャンディ) 

発売されました。

しかし、温暖な台湾の気候で
不良品を生産しがちという
課題を抱えていました。

それでも、
台湾キャラメル製造元祖である
新高製菓は改良を重ね
商品を完成させ、
大人気商品となったのです。

その後も「新高ドロップ」
という人気商品を
続々と開発していきました。


飽くなき技術革新

多様な和洋菓子を売り出す一方で、
技術革新にも余念がありませんでした。

東京の一流和洋菓子店の職人を
短期間 (一年間) 招聘し、
製造技術向上を図りました。

職人の中には、
洋生菓子の第一人者であった
東京風月堂職長の木村義隆氏や
同和菓子職長の市倉氏等の
名前もありました。


台湾で大成功したわけ

商売が大きく発展した大正時代、
台北市は近代都市としての様相が整い、
治安もよくなった結果、
内地 (日本本土) からの移住者が増え、
地方都市にも活況していきました。

人々はこぞって
西洋式の食べ物やカフェや
スポーツやエンターテインメントなど
ハイカラ文化を取り入れました。

そんな風潮の中で、
新高製菓のお菓子は
西洋文化プチ体験として
子供から大人までを魅了しました。[³]

当時の台湾の人々にとって
ケーキは「高嶺の花」でありました。

しかし、
役人」や「一流会社の社員」は
比較的裕福であったため
彼らには評判になりました。

また台湾の良質な
サツマイモを使った
スイートポテトは爆発的に売れ
名門女学校の茶会にも用いられました。[³]


新高製菓の評判

新高製菓の菓子は、
その品質の高さから
当時から高く評価されていました。

「その御菓子は他店と比べると
 女優おさんどん
 ほどの違いがあった」
 と評されるほどでした。

 ※御三どん (おさんどん) とは、
  家事手伝い目的で
  雇われている者の中でも
  雇主の台所を職場とする
  女性に対する通称。

その高い信頼性は、
1926年 (大正15年) に
高松宮殿下
台湾へ来訪された際に、
一六軒」が宿泊所や
列車内でのお菓子の調進まで
任されたことからも窺えます。


台湾における新高製菓の隆盛

新高製菓は
台湾での事業を拡大し、
1917年 (大正6年) 頃
古亭町第一工場を新設しました。

台北工場は古亭市場の横にあり
台北市古亭町180番地にあったと
記録されています。

下は、工場があったとされる
古亭市場入口の
ストリートビューです。[⁵]
 画像出典:Googleストリートビュー
      © Google

台湾全土への販路拡大を
一層進めるようになりました。

1923年 (大正12年) 頃には
キャラメル部・カステラ部・煎餅部など
18ものセクションに分かれ
一大総合工場にまで発展し、
総従業員も約400名にまで成長したのです。[¹]

参考文献
1. 近代日本の製菓業界における新高製菓の発展とその推移 / 塩見菜摘
出典
2. Wikipedia 新高製菓
3. 台湾に渡ったアジアの製菓王、故郷・佐賀へ帰る / 平野久美子
4. 林小昇之米克斯拼盤
5.Googleストリートビュー

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