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六郷とんび凧【郷土玩具・伝統文化】 (六郷特別出張所) #205

※本記事は
 Otapedia 公式note(https://note.com/fine_rat5784)のみで
 公開しています。
 無断転載・改変・商用利用を禁じます。
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六郷とんび凧

江戸時代に伝わり
第二次世界大戦後には
急激に需要が減っていった。

最後の凧屋も
昭和34年にすべて廃業
竹内権次郎氏)
歴史という糸が一度途絶えました。

しかし
当時の西六郷小学校
上田格一校長を中心に
六郷とんび凧の会」が結成され
昭和50年代に復活。
途絶えていた伝統の糸は
再び結ばれました。

現在も会の活動は続いており、
郷土玩具としての伝統が
受け継がれている。

※上田格一氏の
 鳶凧づくり
 六郷わがまち25号
 紹介されています。

2011年からは、
六郷どんど焼きと同日に
行われるようになりました。


発祥

とんび凧は
江戸時代後半に六郷に伝来し
元大田区議
須山長太郎氏のご先祖である
八幡塚村中町の
羽田屋 (はんだや)
今の形を考案したと
伝えられている。


カラス除けの凧

元々は
多摩川で取った魚を
河原に並べて干したところ
カラスに荒らされ困ったことが
始まりだという。

そこで
とんび凧を空に揚げたところ
カラスが驚いて逃げ回ったことから
盛んに作られるようになったとされる。

生活の知恵として生まれた
六郷とんび凧あげの歴史は、
ここから始まった。


六郷のお土産

当時は
農家の副業として製造され
東海道を行き交う旅人に
麦わら帽子とともに
土産物として喜ばれました。


六郷とんび凧の特徴

実際のトンビを
モデルにしたつくりで、
三角のくちばしが
突き出しているのが
特徴になっている。

空高く舞うと、
本物のトンビと
見分けがつかなくなる
ほどだという。


組合の設立

明治時代後期には
六郷鳶凧製造組合
(組合長 竹内権次郎
が設立されるほど
地域を代表する
産業となっていった。


とんび凧 天皇へ献上される

大正5年12月
昭和天皇立太子礼
お祝いとして
翼長7.2mと5.4mの
巨大な凧が5枚ずつが
献上凧として
沼津御用邸に
献上された記録が残っている。

現在
5.4mの大凧は
沼津御用邸記念公園に、
7.2mの大凧が
大田区立郷土博物館
展示保存されている。

大田区立郷土博物館に
展示されている
六郷とんび凧
館の許可を得て撮影

六郷のとんび凧の隆盛

全国的に
その名を知られるようになり、
最盛期の昭和10年代には
年間十数万枚製造されました。

イギリス・アメリカ・
フランス・カナダ
など
海外にも輸出されていました。


歴史の偉人にも詠まれる「とんび凧」

新選組副長・土方歳三
豊玉発句集」には、
年礼に出て行くぞやとんびだこ
の一句が収められています。

これは
1863年 (文久3年) 2月
将軍家茂上洛を
警護する浪士団に
近藤勇らと参加する
決意を詠んだものとされる。

なお、
“とんび凧”
各地に点在し、
この句が
六郷のとんび凧を
指すかどうかは、
定かではありません。

豊玉とは歳三の俳号。


唄に歌われるほど名物に

川崎節 (大師節・羽田節)の
歌詞には
羽田カラス
 大師のスズメ
 六郷トンビの気の強さ
」と
祝い唄として
よく歌われていたそうだ

現在では
大師めでたや節
と呼ばれ
川崎側では
大師古民謡保存会」が
伝統を継承している。


食べられるとんび凧?

翠匠庵では、
(西六郷4‐2‐11)
六郷どら焼 とんび凧」
をいただくことができる。

翠匠庵 外観
六郷どら焼き
とんび凧

現代の活動

六郷とんび凧の会は
毎年1月中旬
「六郷とんび凧あげ」

開催しています。

また、
長崎ハタ揚げ大会 in 東京」が
多摩川緑地区民広場にて
毎年4月~5月に開催され、
ここでも
六郷とんび凧が
空にあがります。

過去には、
古川薬師凧の会」主催の
新春凧揚げ大会が、
2010年まで
西六郷2丁目地先の
多摩川河原で行われていました。

古川薬師凧の会
大田区公認キャラクター
はねぴょんとのコラボ

正月にとんび凧の季節が訪れる

生活の知恵から生まれた
生命力を守るための凧が、
街の象徴へと空に舞い
200年ほどの歴史を
今に伝えています。

2026年も
その時期がやってまいりました。

例年、
六郷の河川敷では
毎年1月の第2日曜日に
「六郷とんび凧あげ」が行われています。

一方で、同日に開催されてきた
六郷どんど焼きについては、
2026年は大田区公式より
正式に中止が発表されています。

そのため、
今年の六郷とんび凧あげの
開催については
現時点で公式な案内が
確認できていません。


最後に

六郷とんび凧の始祖である
八幡塚村の羽田屋
その発展に寄与した
竹内権次郎氏、
そして復活運動に貢献した
上田格一校長
大田区無名の偉人
として記録します。

また
六郷鳶凧製造組合
六郷とんび凧の会
大田区無名の組織・集団」として
六郷とんび凧
六郷どんど焼き
羽田節
さらに
翠匠庵六郷どら焼きとんび凧
大田区未顕彰の地域遺産
として登録します。

大田区の記憶を呼び起こす
「Otapedia」の活動
私たちは
その“名を失いかけたものたち”に、
もう一度まなざしを向け、
記憶の岸辺に呼び戻す営みです。

彼らの活動や
痕跡は消えても、
地域に遺した軌跡
未来へと伝えていきます。

これらの呼称は
Otapedia独自の呼称」であり
大田区公式の認定ではありません」。

出典
  1.『六郷今昔小誌』
  2.『六郷の鳶凧』
  3.『六郷のとんび凧』 YouTube
  4.『六郷とんび凧づくり(解説)』大田区役所
  5.『大師めでたや節 (羽田節)』 株式会社アリア
  6.『六郷鳶凧物語』
  7.『六郷わがまち 25号』 平成12年11月1日発行 上田格一氏
  8.『六郷わがまち 31号』 平成14年11月1日発行 六郷のとんび凧あげ大会
  9.『2026年 六郷どんど焼き休止のお知らせ』 大田区役所
 10.『六郷わがまち 第70号』 平成28年11月1日 発行 
               子ども達に伝えたい『六郷の風物詩』
写真
 11.大田区立郷土博物館 協力

六郷どら焼「とんび凧」|翠匠庵(西六郷4-2-11)Instagram
https://www.instagram.com/explore/locations/277730729306251/

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